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beyonyoの旅日記

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出歩くのが大好きなbeyonyoの写真の記録

第33代推古天皇陵 2010・7・4

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       「第33代推古天皇陵 磯長山田陵」 南河内郡太子町山田
              敏達天皇皇子(竹田皇子墓)

名前  幼名:額田部皇女(ぬかたべのみこ)
         豊御食炊屋姫尊(とよみけかしきやひめ)
父        欽明天皇
母        蘇我堅塩媛(そがのきたしひめ)
夫        敏達天皇
皇居       豊浦宮(とようらのみや) 小墾田宮(おわりだのみや)
陵名      磯長山田陵
古墳      山田高塚古墳
形状      方丘 

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   推古天皇即位の地 太子山・向原寺(明日香村豊浦)08,1,13撮影
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              小墾田宮跡(明日香村豊浦)
夫、敏達天皇陵より1,6キロの東に、皇后の推古天皇(わが国最初の女帝)陵が在る。
甥の聖徳太子を皇太子、摂政に任じ政治を行う。
太子、冠位十二階及び憲法十七条を制定、遣隋使の派遣、国記の編纂、経典を作り、難波に四天王寺、大和に法j隆寺を造立、仏法興隆をはかる。
200メートル東南に桜の木に囲まれて二子塚古墳があり,東方山裾に科長神社、遣隋使小野妹子墓が春は霞みのように桜花に包まれて望見出来る。
磯長の谷の辺りからは悲運の大津皇子の墓がある二上山が近くに見える。また西方には羽曳丘陵が一望できる長閑な山里である。
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            陵前から望む羽曳丘陵のPLタワー10,2,5
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             二子塚古墳より推古陵を望む 10,4,3

数ある天皇陵の中で、何より大好きな大和の明日香、生まれ育った南河内の飛鳥、二上山を境に当時の歴史を強く印象付けられる推古天皇陵です。

                              2010,2,5 散策
by beyonyo | 2010-07-04 08:00 | 歴代天皇陵巡り | Comments(0)

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