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beyonyoの旅日記

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出歩くのが大好きなbeyonyoの写真の記録

新選組・壬生頓所 2012・12・21

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新選組・壬生屯所(八木邸)   京都  12、12、4

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以前から何回か門に立ち入場せずに立ち去ったが、今回は「芹沢 鴨」暗殺の現場を見たいので、立ち入った。
八木邸は京都鶴屋・鶴寿庵の和菓子店・おうす茶と頓所餅が出て入場料¥1000円高いか安いかはその人価値観によるだろう。
丁度一人の学生のため座敷で、屯所の始まりから芹沢 鴨、暗殺に至る説明約50分くらいの時間を要し途中から10~15人に増したが、最初からの説明を聞くことができた。
説明時間が長いので、二人の解説者が、暗殺現場で説得力の説明で当時の場面を想像し耳を傾けた。
終わってお茶をいただき、車は一台しかない駐車場に止めて、言葉をかけ隣の壬生寺に散策、価値ある¥1000円だった。

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八木邸の長屋門。母屋と共に文化年間の建築物で昭和58年6月1日に京都市の指定文化財に指定された。

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八木邸の母屋座敷 (撮影禁止パンフレットを写す)
    近隣の前川家、南部家なども頓所として使用されたが、八木家はその中核であった。
一番奥の部屋床の間の前が芹沢 鴨 斬殺の現場


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 鴨居に残る刀傷は、文久3年9月18日夜、芹沢 鴨・平山五郎らが斬殺された時のもの。

島原遊郭の角屋で、芸子や舞妓をあげてさんざいし、芹沢 鴨・平山五郎・平間重助は角屋から八木邸に帰り四条堀川の菱屋の妾お梅を愛しており彼女を呼んでいた。
平山・平間も女がつき、座敷で再度宴会の跡6人で寝る。

同士の土方歳三らが皆が寝入った頃に討ち入った、芹沢は酔っている中大きな傷を負うが、刀を取り隣の部屋に向かうが、書斎の机に足を取られ、止めを刺される。(15~20センチくらいある分厚い机)
平間重助とその女は逃げるが、平山五郎とその女は暗殺、芹沢の女お梅も命を絶つ、身を守るための鴨居を低くして有り、刀を振り回す事が困難に作ってある。
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幕末当時の壬生界隈は、あたり一面の静寂な農村地帯で、この八木邸の中庭から二条城や五山の送り火が望めたという。


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鶴寿庵の和菓子店(当時は母屋の離になっていた)左の奥が母屋

新選組創設期十三名
芹沢 鴨 ・平山五郎 ・近藤 勇 ・土方歳三 ・新見 錦 ・平間重助 ・野口健司 ・沖田総司 ・山南敬助 ・永倉新八 ・原田佐之助 ・藤堂平助 ・井上源三郎(芹沢 鴨は新選組初代の隊長、あまりにも身勝手な行動に同士から酒を飲まし暗殺される)

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 (左)芹沢 鴨・平山五郎 (右)池田屋騒動の新田革左衛門・安藤早太郎を含む同士7名の墓(壬生寺)

150年前の出来事を生々しく最近の様な感覚で散策できた。




植木の整理配置替え
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by beyonyo | 2012-12-21 04:05 | Comments(2)
Commented by 履歴書 at 2012-12-21 15:20 x
とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。
Commented by beyonyo at 2012-12-21 18:55
拙いブロブに立ち寄っていただき大変嬉しです。
またのお越しをお待ちしています。
ありがとうございました。