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beyonyoの旅日記

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出歩くのが大好きなbeyonyoの写真の記録

琵琶湖哀歌碑  2017・5・13

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               奥野椰子夫顕彰碑  大津市堅田  17,5,12

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はるか南の国を想わせるロマンチックな名前の奥野椰子夫は、戦後に二葉あきこの歌で大ヒットした「夜のプラットホーム」(昭和22年服部良一作曲、コロンビア)の作詞家である。
「星はまたたきィ」とはじまるその清澄な歌声は戦後の荒廃した時代の人々の胸に鮮烈に美しくつらぬいた。
奥野椰子夫はまたそれ以前の昭和16年琵琶湖で練習中の旧制四高(現金沢大学)のボート部員11名が高島郡高島町萩の浜の沖あいで遭難したのを悼んだエレジー「琵琶湖哀歌」(菊池博作曲、東海林太郎、小笠原美津子、歌でテイチク)を作詞した。

彦根城、竹生島、三井の晩鐘、瀬田の唐橋、比良の白雪などともに、「オール揃えてさらばとぞ/しぶきに消し若人よ」とその最期を詠んで彼らの霊に捧げた哀調にみちた歌詞は滋賀県民のみならず全国の人々に愛唱され、深い涙の感動を誘ったのであった。

奥野椰子夫が大津市堅田の出身であることを記念するとともにその業績と栄誉とをたたえここに広く顕彰するものである。
                説明文より抜粋

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                       歌碑のある堅田港

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                        堅田港桟橋
当時ボート部員遭難の時ここから救助に向かったことから「琵琶湖哀歌碑」建てられた。



         「琵琶湖哀歌」

一 遠くかすむは彦根城 波に暮れゆく竹生島
  三井の晩鐘 音絶えて 何すすり泣く 浜千鳥

二 瀬田の唐橋 漕ぎぬけて 夕日の湖に
  出で行きし 雄々しき姿よ いまいずこ あゝ青春の 唄のこえ

三 比良の白雪 溶けるとも 風まだ寒き 滋賀の浦
  オール揃えて さらばぞと しぶきに消えし 若人よ

四 君は海の子 かねてより 覚悟は胸の 浪まくら
  小松ヶ原の 紅椿 御霊を護れ 湖の上


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               堅田港桟橋より琵琶湖大橋遠望

子供のころ琵琶湖の名所をきつく印象に焼付いた「琵琶湖哀歌」169.pngが懐かしく・・・
大津散策に来て堅田の浮御堂の付近にある歌碑を訪ねてみた。
ボタンを押すと歌が聞こえるのに故障していたが残念だった。




大津市散策 7:06出発 17:00帰宅
走行距離219キロ

帰宅後、服部さん夫婦来客本年初のメダカ誕生と熊野中辺路の高原熊野神社の写真を戴いた。
我が家のメダカ朝はまだ卵だったが生まれたいるのを服部さんが見つけてくれる。
まだ気温が低く約一か月間卵で居たことになる。                         9,324歩


by beyonyo | 2017-05-13 07:23 | 歴史散策 | Comments(0)