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beyonyoの旅日記

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出歩くのが大好きなbeyonyoの写真の記録

2013年 12月 12日 ( 1 )

大阪夏の陣遺跡巡り(六)

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          御勝山古墳   生野区  13、12、3

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岡山陣所と呼ばれ大阪冬の陣で徳川秀忠が本陣を取り、夏の陣で勝利したので御勝山と呼ぶようになった。

ここからは当時大阪城はすぐそばに見えたであろうし、河内平野も一望できた場所である。

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上町台地の東緑部の河内平野を望む低い丘陵上に立地するお勝山古墳は古墳時代の中期の5世紀前に造られた。

慶長19~20年(1614~15年)の大坂の陣で徳川方の本陣が置かれたため、著しく墳形が破壊され、いまは後円部が残っているだけである。
昭和48年(1973)年の発掘調査で埴輪や葺石が発見された。
そして全長約120m濠を含めると約150mの中規模の前方後円墳であること推定されるにいたった。

              昭和63年3月  大阪市 説明文を写す

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                  御勝山の歩道橋より西を望む
御勝山古墳の中を現在勝山通りが生野区役所、警察、消防署、などが並び東西の重要路線になっている。

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          生野区役所内の御勝山の空撮写真を引用しました

写真右の公園部は、昭和43年まで大阪管区気象台があったところ。

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                    公園内の景色

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            気象台説明版写真(生野区役所展示引用)

関ヶ原の合戦から15年たった夏の陣、秀吉健在の時代はここも大阪城内であっただろうが現在何の面影もなく徳川の勝利を記念した「御勝山」の名が当時を偲ぶ唯一の散策になった。

                   家康の本陣茶臼山  こちら



                  大阪夏の陣遺跡巡り(七)につづく

               


園芸、白梅を盆景に植え替える。
連日桜の落ち葉掃除を繰り返したが昨日の掃除が最後になった。
国華園にハンガー鉢と葉牡丹を買いに行く。
4、203歩

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by beyonyo | 2013-12-12 05:34 | 太閤記 | Comments(0)