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beyonyoの旅日記

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出歩くのが大好きなbeyonyoの写真の記録

カテゴリ:万葉歌碑( 9 )

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          万葉歌碑   天香具山神社  16,10,27

       ひさかたの 天香具山このゆふべ 霞たなひく春立つらしも

            柿本朝臣人麻歌集 「巻十  一八一二」

(天の香具山に、今日この夕方、霞がたなびいている。ああ春になったらしい。)という意味

         この碑文は 関西大学名誉教授 末永雅雄氏による。
                 橿原市教育委員会 説明





園芸、ミニかきつばた葉狩、風知草葉狩、
 メダカの鉢2個掃除。
 芝さん来客、2階でネックレス談議。
 13:00花菱と天香久山麓の西井牧場の「飛鳥の酪」と牛乳を買いに行く
 15:00帰宅             
 そのあと三原のホームセンタームサシに行く。
 sarubiaコンサートに行き、一人夕食。
                    3,438歩

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by beyonyo | 2016-11-17 06:05 | 万葉歌碑 | Comments(0)
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            国栖の里  吉野高見川   16,7,6

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国栖(くにす)らが 春菜摘むらむ司馬(しま)の野の しばしは君を思うこのころ
           巻十  一九一九  作者未詳

意味 (国栖人たちが春の若菜を摘むという司馬の野。その名のようにしばし貴方のことを想うこのごろです。)

「みよし野の 山のあなたにやどもがも 世のうき時の かくれがにせむ」
        詠み人しらず   古今和歌集

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壬申の乱・義経・西行・南北朝・天誅組・など歴史にまつわる吉野、万葉集に詠まれた国栖、今回は通りすがりの立ち寄りだったが、改めて来てみたい名残を残して国栖を後にした。



花菜の里に野菜を買いに行く。
            873歩

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by beyonyo | 2016-07-14 10:30 | 万葉歌碑 | Comments(0)
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         万葉句碑   桜井三十八柱神社  16,6,12 



 こもりくの はつせのやまは いろずきぬ しぐれのあめは ふりにけらしも

               巻八 ー 一五九三

 (歌の意味)   初瀬の山はすっかり色づいたことだ。しぐれの雨が降ったに違いない。

            作者  大伴坂上郎女
            揮毫者 犬養 孝

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                 三十八柱神社

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ここにきて小墾田宮跡の伝承地であることを知る。それで万葉の句碑があることが納得できた。




園芸、松の剪定、菊の苗の選別
               3,745歩



  
            
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by beyonyo | 2016-06-15 07:33 | 万葉歌碑 | Comments(0)
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            万葉歌碑  桜井市  15,10,24

しきやまの やまとのくにに ひとふたり ありしとおもえば なにかなげかむ
          巻十三 ー 三二四九   作者不詳
                揮毫者 山口誓子 俳人

(歌の意味)
この大和の国に、私のいとしいと思う人がもし二人もいると思うのだったら、何をあれこれと嘆くことがありましょう。
私の恋しい人はたった一人しかいないものだから、あれやこれやと気を遣うことばかり多いのです。

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                   歌碑の場所

       志貴御県主神社の上左側に、巨木のかげに建っていた。
                 山の辺の道、金屋付近



園芸、日日草、千日草、パセリを植える、ピンクのジュズサンゴを移植。
 あすかてくるぞ、国華園に行く。
                   3,966歩 

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by beyonyo | 2016-06-01 06:33 | 万葉歌碑 | Comments(0)
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        雄略天皇句碑  桜井黒崎  16,2,19 

(歌の意味)
籠も良い籠を持ち、へら(堀串)も良いへらをもって、この春の丘で葉をお摘みになっている娘さん。あなたの家はどこかききたい。
さあ言いなさいよ。この天が下の下の大和の国は私が押し靡かせており、私が統べ治めているのだよ。
さあ、あなたも私に教えてください。あなたの家も名も。


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                 萬葉集發燿讚仰碑

              初瀬街道に沿った白山神社に建つ

雄略天皇万葉句碑ともに書は文芸評論家・亀井勝一郎らと「日本浪漫派」を創立。
万葉学にも卓越。桜井市生まれ 「保田與重郎」





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                   白山神社 


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朝倉脇本遺跡を散策中、畑の草取りをされている年配の女性に近年、発掘調査された場所を尋ねたら、その方の田んぼだった。
詳しい説明をしていただき白山神社を教えてもらい今回の散策もラッキーだった。





園芸、水盤の掃除など、3時頃から和泉の「葉菜の森」と国華園に行く、帰り花菱に寄る。
                3,968歩


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by beyonyo | 2016-03-09 08:08 | 万葉歌碑 | Comments(0)

万葉の風景 1
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       寄生木  桜井安倍寺跡にて  16,2,19


           「あしひきの 山の木末の ほよ取りて
                    かざしつらくは千年寿くとぞ」

             万葉集 第十八巻  大伴家持

       天平勝宝2年(750)正月2日に行われた宴の席で詠んだ歌


(意味)
山の木の梢に生えている寄生(ほよ)を取って、髪飾りにしたのは千年も続く長寿を祈ってのことです。


大伴家持は奈良時代の貴族、歌人
大納言・大伴旅人の子 官位は従三位・中納言
三十六歌仙の一人
小倉百人一首では 中納言家持


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予期しなかった安倍寺跡に行き、寄生木に出会った、ちょうど万葉集の本を読んでいるタイミングと重なり大伴家持の歌に繋がった。



休息の一日
図書館に行く
2,599歩



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by beyonyo | 2016-03-07 08:09 | 万葉歌碑 | Comments(0)
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        万葉歌碑  平等寺  15,10,24


          わがころも いろにそめなむ うまさけ
                 みむろのやまは もみじしにけり


巻七 1094 柿本人麻呂
書 林 房雄 (小説家・評論家。学士時代マルキシズムに傾倒。獄中生活で温めた構想を長編小説「青年」に発表。)

歌の意味
三輪山の木々が美しく紅(黄)葉してきた。私の衣を、その美しい色で染めよう。





        園芸、ビオラ、パンジーの苗6種類26本を11鉢に植える。
                   2,255歩 

 



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by beyonyo | 2015-11-30 06:34 | 万葉歌碑 | Comments(0)
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        万葉歌碑  桜井市  14、6、27



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                歌碑の付近の竹藪

この日は棟方志功の書の万葉歌碑を探して行き人麻呂の万葉集に出会った。





雨の予報で七五三参りが難航を予想し八時から支度して誉田八幡宮に詣でる。
                                                                                  心配した雨も降らずに無事に萌結ちゃんの七つのお祝が出来た。

神前で神主さんからお祓いを受け玉ぐしを献上する
七つの子の姿は日本の風景を見ているようだった
6,817歩



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by beyonyo | 2015-11-24 07:45 | 万葉歌碑 | Comments(0)
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         小雨に煙る三輪山 桜井市  15,5,9
                               (寺川より望む)


   三輪山を しかも隠すか 雲だにも
           情あらなも 隠さふべしや

                           額田王  巻一ー十八


三輪山をみられるのも、もうこれが最後だというのに、雲よ、どうしてそんなにいじわるをするの。
飛鳥を離れ遠い近江まで行かねばならないんです。
この辛い寂しい気持をせめてお前だけでも解って欲しいな、雲よ、おまえに思いやりがあるのなら三輪山を隠さないで、見せておくれ。


天智天皇の6年(667)に都が飛鳥から近江の大津に遷りましたがその近江に向う途中、額田王が詠んだ歌です

                「わたしの万葉集」 犬養 孝 より引用


三輪の「まほろばキッチン」に買いものに行ったら小雨になり、雲こそないが小雨に煙る三輪山に出会い大鳥居も霞む、額田王の万葉集の景色を連想し1348年前もそう変わらない風景を満喫できた。



園芸、花の終わったバラの木の手入れなどする。
4時から大相撲観戦。
2,923歩





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by beyonyo | 2015-05-11 05:38 | 万葉歌碑 | Comments(0)