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beyonyoの旅日記

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出歩くのが大好きなbeyonyoの写真の記録

カテゴリ:歴史散策( 145 )

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          山崎 榧の木神社  かつらぎ町  17,4,8

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弘法大師が榧の実を播きそこから採れる油を生計の糧とするように示された。
それ以来高野山奥の院燈籠堂に捧げ、聖徳太子の霊前を輝かしたのでここに榧の木神社をお祀りするようになったそうです。




町会のフリージャーの花が終わり桜の下を大掃除。
芝、井上、花菱,則ちゃん来客。
                       2,776歩






by beyonyo | 2017-04-30 07:26 | 歴史散策 | Comments(0)
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                廣田神社 堺市三原区  17,4,18

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                   旧美原町太井、今井、大保の氏神様

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                   境内にある鍋宮大明神

この付近は鋳物の発祥地であり大保千軒といわれる程多くの鋳物師が住み氏神として鉄の神、火の神をお祀りしたのが「鍋宮大明神」です。

昔八咫鏡を鋳たという伝承もあり奈良時代にここに住んでいた三宅麻呂が鋳銭司の長官に任ぜられ我が国最初の貨幣「和同開陳」と鋳造しその功績により賜った官位が大保でした。

寺の求めで鋳た釣鐘やわに口灯篭が全国各地に多く残っています。
                           (廣田神社由諸より抜粋)


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                背比べをできるくらいの鋳物製大鍋

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                 火の神らしく火消壺が安置されている

付近を何気なく散策していて、鍋宮大明神の歴史の一端を勉強できた。


園芸、菊の挿し芽があと4~5日になったのに先端の茎を食べる虫にやられてしまった。
残った鉢を移動する。
流木に杜松の木を植え付ける。
芝、井上さん来客。
                      4,586歩





by beyonyo | 2017-04-29 06:48 | 歴史散策 | Comments(0)
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                    孝女・お照  鳳林寺(和泉市坪井)17,4,22

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                          鳳林寺

和泉市坪井の里に住む奥山源左エ門夫婦に拾われて育てられたお照が、亡き養父母の供養の為にと、高野山の万灯会の法要に際し、女の命ともいわれる黒髪を切って銭に替え、一灯を献じました。
法要のさなかに突然風が吹き、長者の献じた一万の灯明は全て消えてしまいましたが、お照の献じた一灯だけは消えなかったといいます。
お照一灯は「貧女の一灯」と呼ばれ、奥之院で今も灯をともし続けています。
鳳林寺は、お照が育ての親の奥山源左エ門・お幸夫婦とともに住んでいた跡と伝えられています。
              (和泉市  説明碑)

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11年前「天野の里」散策のとき、お照のお墓に行き親孝行の話に感動した。
それ以来いつもお照が脳裏に残っていた。
和泉市にある道の駅に鳳林寺の石仏の写真があり一度訪れてみたかったが、その石仏がお照とは知らなかった。
又、養父母と一緒に住んでいたと知り、11年間の空白が一挙に解決した。

            2006,11の天野の里

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                           お照のお墓

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                           天野の里

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                           丹生都比売神社



園芸の雑用で忙しい一日だった。
服部、田中さん来客。
白メダカ5年生の卵、オレンジの卵今年初を確認。
                            4,522歩








by beyonyo | 2017-04-26 07:45 | 歴史散策 | Comments(0)
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                磐船神社  交野市  17,4,2

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                       ご神体の拝殿
                  
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  ご神体は高さ約12mの岩。
加藤清正が大阪城築城の際、大阪まで運ぼうとしたが果たせず、名前を刻んであきらめたという。

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岩の下をめぐる体験(修行)ができるが10歳未満75歳以上入場できない、一人でも入場禁止。何度も試案したが狭い岩の間を通るときコムラがえりになったら大変と考える。
20過ぎの青年6人のグループに撮影を頼まれ、一緒に入場とも考えたが年齢も失格、500円の入場料も要るし納得のあきらめになった。

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境内や外の道にも岩がたくさんあって、この岩には天誅組の志士「伴林光平」の句が刻んであった。



黒メダカなど3容器の掃除、と寒冷紗の下にメダカ鉢の配置換え。
園芸、寄せ植えの植物を個別に4鉢植え替え、馬酔木、におい祭り植え替え。
芝さん来客。
      3,232歩

  


by beyonyo | 2017-04-17 09:36 | 歴史散策 | Comments(0)
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                野崎観音  大東市  17,4,2

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                                   本堂

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飯盛山の山麓にある行基が彫ったといわれる十一面観音菩薩を本尊とする。
春秋「野崎参り」で賑わう。
近松門左衛門の「女殺油地獄」や近松半二の「新版歌祭文」落語の「のざきまいり」東海林太郎の「野崎小唄」お染久松の恋物語などからも伝わる有名な観音さん。



園芸、乾燥がひどく丁寧に水やりをしたら一時間かかる。
服部さん芝さん宅に行く、奥河内に仏花を、イオンにプリンターインキを買いに
6,008歩


by beyonyo | 2017-04-05 08:31 | 歴史散策 | Comments(0)
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            斑鳩神社・天満宮  斑鳩町  17,2,21

法隆寺から見て鬼門の方角にあたる神社。
菅原道真を主祭神とする天満宮。
普通ならめったに来ない斑鳩斎場の墓地裏にある、仏塚古墳を散策の時に偶然前を通った。



メダカ産卵用シュロをケース以外12鉢に入れる。
メイの描いた油絵の額縁を買いに行く。
             2,022歩


by beyonyo | 2017-03-31 06:45 | 歴史散策 | Comments(0)
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             小谷城址(郷土館) 堺市豊田  17,3,19

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                   250年くらい前の建物

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小谷城は標高約80mの独立した山で13世紀(鎌倉時代)中ごろに自然のままを城としてつかわれた。平一族の小谷氏の居城であった。

小谷氏は家伝によると、池禅尼(平清盛の継母)は源頼朝が平清盛に捕えられ、殺されそうになったとき、幼少で可哀想だと言って命乞いをし頼朝を伊豆に流し、義経を鞍馬寺に送った。

その後月日は流れ、頼朝、義経が成人して、京に攻め入り、平家一門を西国へ走らせた。
池禅尼の実子頼盛とその子孫だけは、京に呼び戻し、昔から平氏の居住地(現在の京都国立博物館から六波羅密寺)に住まわせたという。
それにしても源氏の世の中では、京都に居ずらく堺に赴任してくる。
鎌倉幕府の命令で、和泉国政所を勤め、曽孫の政有の時に現在の小谷城一帯に城郭の地割をして城が完成する。

八代目の時に楠正成の軍に加わり南朝のために戦い、笠置の合戦で戦死した。

九代目では小谷城は、千早、赤坂の南朝方から(浜の寺、浄土宗大雄寺)通信を送る「狼煙火」の中継所となり、また一方天野山行宮を守る裏木戸のかなめ城としての役目を重要であった。

二十三代目の時織田信長の根来攻めがありその時落城した。
城主は城に火をかけ、自らは鉢ヶ峰に逃げて切腹しようとしたが、既に敵が回っていたため長峰の一本松のところで切腹した。墓は鉢ヶ峰に今も残り供養されている。

二十九代目は大坂冬の陣、夏の陣に徳川方となって参加したという。
                     (郷土館資料 抜粋)

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全館内撮影禁止だったが堺銃、鉄砲・甲冑や槍などの武家用具、仁徳天皇陵出土の須惠器など数多い出品を見ることが出来た。
小谷氏の子孫を通じて歴史の一端に触れられ良い散策ができた。



夜中から降った雨は夕方まで続きうすら寒く何する気も起らない。
骨休みの日になった、田井戸に恒例の「いかなごの釘煮」を貰いに行く。
夕方雨が上がりシャッターを洗う。
           1,147歩





by beyonyo | 2017-03-22 07:02 | 歴史散策 | Comments(0)
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              断恨碑  斑鳩・融念寺  17,2,13

代官助宗は水害で困っていた農民のために私財で竜田川支流の塩田川を埋め、排水路として三代川を掘る。
これにより五ヶ村の農民は救われたが、排水路の事を幕府の許可を得てなかったため、捕われ処刑された。

人々は彼の功績をたたえ融念寺境内に「断恨碑」を建てたという。
三代川は、処刑された身に代えてという意味で身代川と書いたといわれている。

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                       融念寺山門 

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                       大和川堤防

大和川の沈下橋を調べていたらだ「断恨碑」を知り立ち寄る。




リホーム工事を今日も芝さんが手伝ってもらった。
外装はほぼ完成できた。
内装の棚などの作業を始める。
井上さん来客。高齢なのに紹介した町会の人にお琴を習うことにしたとお礼に来られた。
4歳年上の前向きのパワーを戴く。
                      2,992歩


by beyonyo | 2017-03-09 07:17 | 歴史散策 | Comments(0)
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               大城橋  川合町側より  17,2,19


大和川に架かり、斑鳩町と川合町を結ぶ奈良県唯一の「沈下橋」。
地元の人は沈み橋、潜水橋とも呼んでいるらしい。

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                         斑鳩町側より

堤防のすぐ下だが増水の時はここも浸かるらしく、流あふれたごみがたくさんある。


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幅2mほどの細い橋で、川が増水すると水面下に沈む、橋の欄干がなく初めて通るのはなかなか怖い。
地元の人は生活道路らしく、普通車も単車もどんどん通る、斑鳩町側の堤防に駐車して歩いて渡り15分ほどの間に十数台の渡る車を見た。

過去、事故もあるらしく斑鳩町側の堤防の下に、「南無阿弥陀仏」の石碑がある。




春一番の突風に馬酔木の植木鉢が落ちて割れ植え替え、ついでに土の整理となり作業場が整理できた。
服部さん宅にメダカを見に行く。
7,871歩



by beyonyo | 2017-02-21 07:43 | 歴史散策 | Comments(0)
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               中家住宅  安堵町  16,12,4


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国指定重要文化財
中氏は南北朝時代ごろから在地武士として成長し、戦国時代には筒井氏の一族として活躍した土豪です。
窪田氏と名乗っていましたが、惣領家は中殿と呼ばれたために、やがて中氏と称するようになりました。


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二重の豪に囲まれた広大な屋敷は、かつての窪田殿の居館であり中世後半の大和地方における平城の姿を今によく伝えています。
屋敷内には国の重要文化財に指定された大和棟の美しい主屋を始め、表門・新屋敷・蔵・持仏堂などが残り、中世武士の居館様式を伝えています。
                      安堵町ホームペイジ引用


「太子の道」散策中、中家住宅の案内板に心引かれて立ち寄る。
屋敷内見学は予約が必要で入れなかったが、流石国指定だけあって、外部からでも十分存在感を得た。
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                         入口付近に在った遺跡



園芸、サルビアの花が終ったので5鉢の整理、千両の剪定、蝋梅の剪定、メダカのエアーポンプがだめになり新しいのを買い設置する。
芝さん来客。
                4,146歩(ウォーキングなし)

by beyonyo | 2017-02-19 08:19 | 歴史散策 | Comments(0)