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beyonyoの旅日記

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出歩くのが大好きなbeyonyoの写真の記録

カテゴリ:歴史散策( 198 )

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 伊勢街道山粕宿  曽爾村 17.10.14


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 街道筋

江戸時代、伊勢本街道を伊勢に向うと萩原宿(宇陀市榛原)から先は山坂が多く商家や旅籠などが連なる町場は、山粕宿までなかった。
峠に挟まれている山粕宿は江戸時代宿場として栄え、商家などが建ち並んでいた。

宿場とは、宿泊、運輸、通信の機能を備えた集落で、宿泊や食事、休憩のための施設である「旅籠」と馬や人足、駕籠を調達したり荷物や手紙を送ったりすることのできる「問屋」が置かれていた。
(曽爾村教育委員会 説明板より抜粋)



夜中から雨続きの一日、作業場の整頓、コスモス、松源に買い物。
          2,318歩 


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by beyonyo | 2017-11-15 06:25 | 歴史散策 | Comments(0)
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                  梅の井  高津宮  17,10,25

江戸時代、梅川のほとりにあった名水で上町台地の伏流水が湧いていた。
現在の梅の井は石蓋をした空井戸であり高津の宮南側の蓮光寺境内にあった井桁を移説したもの。

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梅の井の碑は仁徳天皇千五百年大祭の際(明治32年)東町有志によって建てられた。

天王寺から北へ上町台地を歩くと名水や井戸に出会うが今回も新しく知識を得た。



コンクリの段差とブロックとの隙間をセメンを塗る。
いつも思いながら二年越しの作業になった、セメント一袋では足りず追加工事をすることになった。
園芸、ヒバの鉢植え3鉢をsarubiaが剪定、掃除やガラス戸を磨き冬支度完了。
さん来客桜の落ち葉掃除、植木の水やりを手伝ってもらう。
            4,192歩








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by beyonyo | 2017-11-14 08:17 | 歴史散策 | Comments(0)
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      元興寺(国宝)  奈良まち  17,11,1


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                      石仏と小子房

蘇我馬子が建立したと伝わる元興寺何度訪れても趣がある境内。
駐車しお願いして少し奈良まちを散策した。



園芸、4日目の松の剪定をして完成。
足場の悪い場所での剪定は大変危険を伴なうが、今年も気力で無事作業が出来た。
普段出来にくいポーズも4日も続けるとリハビリになったのか出来るようになった。
木の上と脚立の上で4日過ごし歩数は少ないが、立って踏ん張るおかげで足の筋肉は鍛えられた。

実生から育てた蝋梅(25年)黄色の花と香りを楽しめるが毎年蕾が開くとき野鳥に食べられ被害を被るので伐採する。
新築する前からあったモミジも毎年虫に被害を受け思い切って伐採した。

S、Iさん来客。
              2,640歩


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by beyonyo | 2017-11-11 03:26 | 歴史散策 | Comments(0)
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             宮跡庭園  奈良三条  17,11,1

                      歩道橋より撮影

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特別史跡と特別名勝の両方に指定された古代の庭園は、当園の他に平城宮東院庭園と岩手県の毛越寺庭園の2ヶ所しかなく貴重な庭園らしい。
切妻桧皮葺建物が復元されているが、庭園を見ながら宴会したのだろうか?

道を隔てて向かいが長屋王の邸宅跡であり、知らずに来て出会ったがあいにく水曜日は休園で入場できなかった。


雨で午前中パソコンの前、午後雨が止んだので松の剪定。
Iさん来客。
       2、007歩


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by beyonyo | 2017-11-09 06:18 | 歴史散策 | Comments(0)
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               長屋王邸跡  奈良大宮  17,11,1

平城京の隣ような近い場所のあり元奈良そごう百貨店、後にイトーヨーカドウー(現在閉店)の場所が
奈良時代無実の罪で自害させらえた悲劇の宰相「長屋王」の邸宅跡。

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ここは、奈良時代(8世紀)の初めに、正二位左大臣であった長屋王の邸宅があった場所です・

昭和61年(1986)から発掘調査が行われ、昭和63年(1988)に大量の木簡が出土し、長屋王の邸宅であることがわかりました。

長屋王の父は天武天皇の長男高市皇子、母は天智天皇の娘御名部皇女で、王の妻は元明天皇の娘吉備内親王でした。

右大臣藤原の不比等の死後、国政の中心人物になりましたが、神亀6年(729)に謀反の疑いにより自害においこまれました。

長屋王の邸宅は平城宮の東南に隣接し、平城京左京三条二坊一・ニ・七・八坪の4坪分を占め、約6万㎡もの広さがありました。
内部は王の住居地区、王家の事務所地区、使用人の住居地区など、数ブロックに塀で区画されていました。
長屋王の住居は面積360㎡の掘立柱建物で、天皇の住居である平城宮裏正殿に準ずる広さがありました。

長屋王の邸宅東部の井戸やゴミ捨て穴からは、約4万点もの木簡が出土しました。
これらの木簡は王家の事務書類で、王に仕えた人々の役所のこと、王家を支えた経済的基盤のこと、王家の豪華な食生活のこと、犬・馬・鶴・を飼っていたこと等が記され、奈良時代の高級貴族の生活を理解するうえで貴重な資料となっています。

(説明板を写す)


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                         発掘中の写真


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                             復元図


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                              出土した木簡

 

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                                 陸橋の上から



園芸、松の剪定(一日目)植木鉢を移動、シートを敷き8時に松の上に登り昼まで剪定、上の枝の三分の一を剪定、午後は足を休める為、下の部分を剪定する。
                      
                      (万歩計の電池交換を忘れ記録できなかった。)


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by beyonyo | 2017-11-08 11:28 | 歴史散策 | Comments(0)
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                尼寺(にんじ)廃寺跡  17,11,3

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                                 塔跡

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                          塔跡と学習館

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            回廊跡

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尼寺廃寺跡が所在する地域は、古代には「片岡」と呼ばれていました。
「万葉集」をはじめとする和歌集には、片岡とともに樹木を詠んだ歌が数多く残されています。

廃寺跡学習館は休日で休みだったが、ガイダンス周辺にはこれらの樹木の一部を植栽されていた。

片岡の この向っ峰に 椎蒔かば 今年の夏の 陰にならむか
(「万葉集」巻七・1099)  作者不詳

霧たちて 雁ぞ鳴くなる 片岡の 朝の原は 紅葉しぬらむ
(「古今和歌集」252) 作者不詳


Hさん宅に行き、Sさんも来られ雑談、帰宅後、高島屋、コスモスで買い物。
久しぶりの植木に水やりを済ませ落ち葉掃除、今年一番の量が多かった。
モミジの枯れ葉、アジサイの枯れ葉掃除。
                          4,359歩




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by beyonyo | 2017-11-05 06:03 | 歴史散策 | Comments(0)
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                 奈良まち  17.11.1

            奈良町資料館に行き古風な町並みを散策。



祭日とは知らずに橋本やっちょんに行ったら駐車場はないし、買い物の支払いレジは長い列の人はみんな山盛りの買い物、苦難の体験になった。
当然帰りも遅くなったが、香芝市の尼寺廃寺跡を散策に行く。
S、Hさん来客。
                 4,470歩


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by beyonyo | 2017-11-04 07:50 | 歴史散策 | Comments(0)
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               蔵王堂遠望  吉野山 17.10.26




メダカ幹之、青、白、冬支度の移動。
sarubiaの和紙を買いに吉野山に行く。
                        4,445歩


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by beyonyo | 2017-10-27 07:41 | 歴史散策 | Comments(0)
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               郡戸王子  高津宮神社   17.10.18

熊野に至るまでに九十九の王子がある。
郡戸(こうと)王寺は三番目の王子。

「摂津志」(1735)西成郡姫許曽(ひめこそ)神社の頃で「御幸記、これを郡戸王子と謂う」とある。
高津宮は現在の大阪城の地にあったが、豊臣秀吉築城の際に、比売許曽神社の社地(現在の地)に遷座したと伝える。
したがって当社が郡戸王子跡と推定されている。
(碑の横の説明板を写す) 



園芸、エビ草の挿し木した苗を10本植える。
メダカの冬支度の用意、黒の塗料を買い鉢に塗る、昼の時間は忙しく何十年ぶり徹夜の作業になった。
sarubiaの友人T、Sさんにメダカ4種類15匹づつ進呈。
                             4,321歩


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by beyonyo | 2017-10-25 05:42 | 歴史散策 | Comments(0)
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                     高津宮西坂  17.10.18

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                                   相合坂

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                               登り切った絵馬堂横

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縁切り坂

明治の初期まで坂の形状が三下り半になって俗に「縁切り坂」と呼ばれた。
(昔の離縁状は三下り半だった)

今は諸々の悪縁を絶つ坂としてひそかに知られている。



連日の雨続きの上に台風21号の雨で冬眠の状態だった。
小降りを狙ってバンバンに買い物に行く。
                       1,547歩






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by beyonyo | 2017-10-23 08:01 | 歴史散策 | Comments(0)