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beyonyoの旅日記

beyonyo.exblog.jp

出歩くのが大好きなbeyonyoの写真の記録

カテゴリ:歴史散策( 162 )

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                    犬飼山・轉法輪寺  五條市犬飼  205,25

二見から約一キロ先に犬飼という所がある、弘法大師が高野山に行く途中、白と黒の犬を授かり出発した所。
地名も犬飼となっている。

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山門に犬の透かし彫りが左右にある立派な山門

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境内にある大師塚・明神塚の古墳
周りには四国八十八か所のお砂踏みがある

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大巳貴神璽

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JR和歌山線のガード下からUターンの形で二見の生蓮寺に向かった。
予定外の散策ができた。


井出さん夫婦と「めっけもん」に行く、開店10分前なのに2列100メートル以上の長蛇の列に並ぶ。
お目当ての南高梅は辛うじて買うことができた。
帰宅後、メダカの卵採取の後、疲れて寝る夕方、梅のヘタ取りをする。
2,506歩

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by beyonyo | 2017-06-19 07:13 | 歴史散策 | Comments(0)
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寄足山・生連寺  五條市二見  17,5,25

弘法大師が高野山へ向う途中立ち寄ったという故事から寄足山と号する。
伝承によれば平安時代初期、嵯峨天皇が皇后の安産祈願のため参議、小野篁(おのたかむら)に命じて地蔵菩薩を安置したのが起源とされ、その後空海が来山し地蔵菩薩を刻んで本尊胎内に安置したと伝えられる。

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境内は蓮の鉢が沢山並ぶ

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蓮池がありメダカが沢山居る(後日の28日再度立ち寄り撮影)

生連寺にメダカが居ることを聞き訪れてみたが、空海、嵯峨天皇、小野篁の歴史上の人物が関わりあることを知った。



園芸、昨日植え残した菊の苗を午前中に終わる。
鵜毛布団や敷物など大型ランドリーで洗濯乾燥とsarubiaの定期検診送迎も兼ねて芝さんがして頂いた。
午後、メダカの卵白198、楊貴妃88採取、
Sさんに稚魚を進呈すると我が家も生存率が悪く(生まれてすぐに動かし水の変化など悪条件が重なり)卵の状態で渡すことにした。
6月からの白卵727、楊貴妃昨日採取分88を進呈

一昨日と昨日は早朝3時に起きて寝不足が重なり疲れるので一時間ほど昼寝してオオクワに買い物。
S,Iさん来客。
4,371歩




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by beyonyo | 2017-06-17 03:33 | 歴史散策 | Comments(0)


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牛馬童子への出発点道の駅  中辺路  17,5,28

10年ほど前ここにきて牛馬童子まで800mの案内を見てから今回まで気になりつつ過ごしたが、やっと来ることが出来た。
         

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古道と合流いきなり登り坂

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一里塚跡

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ここまでアップダウンの古道を来たが初めて若い女性が追い抜いて行った、人と初めての出会い

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古道から分岐丘の上に登る

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牛馬童子と役行者

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鎌倉時代の宝篋印塔

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牛馬童子から100m行くと近露王子だが往復僅か200mの道が体は限界無理をしないで引き返した。

中辺路散策を振り返り、不寝王子、近露王子、など行けなかった宿題を残したが、安珍清姫の清姫の故郷に出会い、世界遺産の古道を枯れ落ちた松葉を踏みその香りを楽しみ歩いた体験は忘れないだろう~。




朝から微熱がありSさんと行く予定だったHG氏のお葬式は中止する。
10時前T氏が来客昼食をはさんで15時に帰る、
Sさん来客。
                  1,081歩
 

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by beyonyo | 2017-06-09 09:38 | 歴史散策 | Comments(0)
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         尾根展望台駐車場より安堵山1183,7m)を望む
             中辺路高原  17,5,28


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天空の駐車場前の熊野古道の風景は遍路が休む茶店があり一見テレビでよく見る場面がすぐに分かった。
ここから先へは高原地区だけで車は通行できない

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                      天門王子からの道

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                           右が熊野街道

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              今は使用されていないのか?水車小屋

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                    熊野街道沿いに民家を遠望

こぼれ日の来た道を下り、最後の「牛馬童子」に向かう。



園芸、サルビアの種が芽が出たので40ポットに植える。
17:30芝さんの車でHSの奥さんのお通夜に行く。
S,E、さん来客。
                電池低下歩数不明


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by beyonyo | 2017-06-08 06:03 | 歴史散策 | Comments(0)
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              高原熊野神社  中辺路  17,5,28

高原熊野神社は、熊野九十九王子には入っていないが、応久10年(1403)に建てられた熊野古道沿いにある神社では現存最古のものである。

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昔から歴史上の人物が数多くお参りし、最近では皇太子殿下、秋篠の宮様も参拝されている。


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                   境内にある千年楠の大木

説明板にはテイカズラと書いてあるが小さい境内の中にこれほどの大木はなかった。


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大門王子~不寝王子との中間の尾根上に鎮座し境内地の景観は名勝「南方曼荼羅の風景地」で、
ここまで車で来れるとは予想していなかった。



この町会に来て丸22年目を迎え親しくしていただいたご近所のHS氏の奥さんが亡くなられ親しくしていたのを噂で知っていた町会町芝さんが一番に知らして戴いた。
その会話中HSさんのご主人と長男さんが来ていただいた。
自宅へ芝さんと一緒にsarubiaとお悔みに行く。
約8年くらい前から胃癌の闘病生活だったが
いつのときも笑顔で接していただきご主人ともども安心して付き合える方だった。

更に先月30日にはお隣のKご主人も亡くなられ、2日に息子さん夫婦があいさつに来られた、隣に住みながら知らなかった。
共に大台山地や温泉、歴史と三夫婦で走り回り懐かしい思い出が蘇ってくる。
今は二人のご冥福を祈るのみだが心寂しい日であった。

メダカ楊貴妃の稚魚65匹をSさんに持って行く。
S、ED、HS、来客
                 2,110歩














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by beyonyo | 2017-06-07 08:13 | 歴史散策 | Comments(0)

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       熊野古道・滝尻王子  中辺路  17,5,28

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 以前からある後鳥羽上皇の歌碑

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山河水鳥

おもいやるかものうはげのいかならむ
しもさえわたる山河の水

中辺路町は熊野詣での要地であり、滝尻王子は皇室、庶民を問わず信仰の霊域であった。
特に後鳥羽上皇は二十八回も詣でられ、王政復権を祈願し幾度も歌会を催し思いを歌に託された。
そして承久の乱に敗れ隠岐に流され、在島のまま終焉を迎えられた。
中世歴史の発端の地滝尻王子と、後鳥羽上皇の尽きせぬ情熱を後世に伝えるため、氏子と篤志家の協賛により此の処に上皇の歌碑を建立する。
平成八年十月  滝尻王子遺蹟保存会


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 滝尻王子前の熊野古道案内所



メダカ全種から388卵採取、Hさんからオーロラオレンジ50、錦30匹戴く。
S,H,eさん来客。
1,119歩









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by beyonyo | 2017-06-06 09:26 | 歴史散策 | Comments(0)
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                    清姫の菩提寺・ 福厳寺  中辺路 17,5,28


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        龍の下には清姫伝説物語が絵画のストーリになって掲げられていた。


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                          一願地蔵さん

                             


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                              六地蔵と境内


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         ストーリの最後は天国で結ばれ二人とも幸せそうです。

中辺路走行中安珍清姫伝説に触れ楽しい散策になった。
この後、高原・熊野神社に向かう・・・




S,H、H娘さんの運転で来客。
Hさんに今までの遺伝子と違う新しい白メダカ50戴く。
           493歩


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by beyonyo | 2017-06-05 08:03 | 歴史散策 | Comments(0)
熊野街道走行中、安珍・清姫物語の主人公清姫の墓所に出会った。

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                      清姫の故郷  中辺路真砂  17,5,28


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                                   清姫堂

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                           釣鐘の鈴

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                      清姫の墓所から見た冨田川

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                            清姫のお墓

清姫之里伝説
清姫の父、真砂の荘司藤原左衛之慰清重は妻に先立たれて、その子清次と暮らしていた。
ある朝散歩の途中、黒蛇に呑まれている白蛇を見て憐に助けた。
数日後白装束の女遍路(白蛇の化身)が宿を迄いそのまま清重と夫婦の契りを結び清姫が誕生した。
清姫が13歳の年熊野三山へ参拝の途中ここを宿としていた奥州(福島県)白河在萱根の里安兵衛の子、安珍16歳はみめうるわしい清姫の稚い頃より気を取られて行く末はわが妻にせんとひそかに語られ姫も真にうけて安珍を慕った。
ある夜安珍が障子に映った蛇身の清姫を見てその物凄い形相に恐れをなした。
それとは知らぬ姫は思いつめて遂に胸の内を語り「いつまでも待たせずに奥州へ連れて行ってほしい」と頼んだ、安珍は突然の申し入れに大いに驚き、これは何とかして避けようとのがれの申し訳をされた。
姫はその真意を知らず安珍の下向を指折り数えて待ちわびたが、あまりにも遅いので旅人に尋ねると「あなたの申されている僧は先ほど通られ早や十二、三町も過ぎ去られた」と聞くや、さては約束を破り道を変えて逃げられたのだと察し、あまりの悔しさに道中に伏して泣き叫んだ。
やがて気を取り直して汐見峠まで後を追い杉の大木によじ登り(現在の棯木)はるかに望めばすでに田辺の会津橋を渡り逃げ去る安珍を見て瞋りくるい、生きてこの世でそえぬなら死して思いをとげんと立ち帰り荘司ヶ淵に身を投げた。
その一念が怨霊となり道成寺まで蛇身となって後を追い、鐘にかくれた安珍を七巻半して大火を出し焼死させ思いをとげたと云う。

時延長六年八月二十三日(今から約千八十年前の西暦928年)後里人達はこの淵を清姫淵と呼び霊を慰めるための碑を建立。清姫の墓として毎年四月二十三日に供養を続けている。
平成二十年四月吉日
福厳寺第十二世 霊岳代誌

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                         清姫淵付近の冨田川

清姫は夏になると、この森の下の淵で丈なす黒髪をなびかせながら泳いでいたと伝えられ、何時の頃から「清姫淵」と呼ばれるようになりました。

これから600mほどの所に清姫と父庄司清重が住んでいた庄司屋敷の跡が残っています。

中辺路散策の途中、安珍清姫の物語りの故郷に来て、伝説の真意を勉強できた。

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                      清姫のお墓の隣にある薬師堂

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             いずれの石も穴をあけ紐を通してある

京都岩倉にある妙満寺に安珍・清姫の鐘ー和歌山県道成寺にあったとされる梵鐘で、安珍・清姫のゆかりの梵鐘とされ、豊臣秀吉の紀州征伐の際に家臣の仙石秀久が京都に持ち帰ろうとしたが鐘が重かったために途中で破却し近くの住民の手によって妙満寺に奉納されたもの

昨年近くに行きながら立ち寄れず心残りが続いていたが今回のつながりでぜひ近日に散策してみたい。




昨夜の高熱は治まり快適な朝を迎えたが大事を取って一日過ごす。
朝一番に芝さんが訪ねてくれる。
16:00井上さんが来客sarubiaの咳がうつったことを話したら夕食の用意ができないからと、18:30にかやくごはんとおかずを炊いて持って来てくれた。
親切はもとより積極的な行動に年老いた方からの誠に感謝する。
メダカ青10楊貴妃55を6月初採取。
S、Iさん来客。
      3,166歩


















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by beyonyo | 2017-06-02 09:45 | 歴史散策 | Comments(0)
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   一之瀬王子付近  中辺路  17,5,28

お地蔵さんの横は立派な駐車場がありながら先を急ぎ車で行き道が細く崖が危険で行くことに失敗。

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           冨田川

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この付近にカモシカ牧場があり可愛い案内にあと返りして一枚戴いた。


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大塔の看板を見て、後醍醐天皇の皇子・大塔宮護良親王が都から落ちのびる際に立ち寄ったところ、意外なここでも歴史のつながりができた。

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                    一之瀬王子付近の冨田川

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                    大塔・道の駅  田辺市鮎川

            山野草の古い植木鉢を買い清姫の故郷に向かう。



メダカの卵137採取、5月の総計3,096個
パソコンにスキャナを繋いだらネットが出来なくなり見てもらったら、年月日が不正になっていた。
s、kさん来客。
sarubiaの風邪がうつり16:00に食事もせず寝る。熱は最高9,1℃花菱が電話をくれたが朦朧と話していた。
朝になって平熱になった。
        1,507歩











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by beyonyo | 2017-06-01 08:50 | 歴史散策 | Comments(0)
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                  熊野古道・稲葉根王子跡 中辺路  17,5,28

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             この王子も街道から300m近くにあり立ち寄る。

この王子の神は、熊野本地曼荼羅に稲を背負う翁の姿で描かれ、別名稲荷王子と呼ばれ、稲荷信仰に深い関係を持っている。

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                             冨田川

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熊野街道中辺路の重要な水垢離場とされた岩田川(現在冨田川)の渡渉地点、この王子から川で対岸の一ノ瀬王子へ渡ったと伝えられている。

      また、ここは和歌山県朝夕日の百選に選ばれている。



園芸、フレンチラベンダー剪定と植え替え6鉢、メダカの卵98採取、
S、Hさん来客。
               3,010歩


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by beyonyo | 2017-05-31 04:09 | 歴史散策 | Comments(0)