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beyonyoの旅日記

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出歩くのが大好きなbeyonyoの写真の記録

カテゴリ:新西国33所霊場( 1 )

 新西国三十三所霊場 第16番

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                大報恩寺・千本釈迦堂

                  京都上京区  16,11,2

    


幾多の戦火を間逃れた本堂は安貞元年(1227)の創建時からそのままのものであり、京都市内(京洛)最古の木造建築として国宝に指定されている。

宝物殿には、行快の作「本尊釈迦如来像」や快慶作「十大弟子立像」定慶作「六観音菩薩像」などが今にも動き出すような見事な彫刻に久々感動した。
                       (撮影禁止)

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            12月7~8日千本釈迦堂の「大根炊き」は有名

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本堂正面右側の柱の傷を見て戦乱の舞台となった歴史の事実に驚いた。
                 
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                     おかめの像
 
千本釈迦堂に伝わるおかめの伝説

 本堂を建立てるにあたって棟梁になったのが長井飛騨守高次という名大工、その高次が間違えて大切な柱の一本を短く切り落としてしまった。
 信徒から寄進された貴重な柱を失負した。
苦悩の主人を見かねた妻「おかめ」は「柱を全部短く切って柱の上に斗組(ますぐみ)を乗せれば大丈夫よ」と助言する。
 妻のおかめの機転によって無事本堂落成、しかしおかめは自害してしまう。

いかに夫の危機を救ったと言え、女の入れ知恵で完成したとなれば夫の恥になると上棟式の前日に自らの命を絶ってしまう。

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       おかめ発祥の地とあっておかめの展示が本堂の横にある

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               新西国霊場第十六番札所朱印

西国三十三所霊場参りは昭和51~52年に終わり、新西国三十三所を計画したまま今日に至った。
千本釈迦堂にお参りに来て、どこまで続くか始めることにした。





3時起床、京都散策を調べ7時出発、何時も京都七条まで一時間で行っているのに通勤の時間と重 なり2時間を要した。
ナビは阪神高速京都線鳥羽出口で降りたのでsarubiaに付近にある袈裟御前のお墓、「恋塚寺」を案内し、上七軒の千本釈迦堂、釘抜地蔵尊、鞍馬口から岩倉辺りを散策し、八瀬大原の建礼門院のお墓の寂光院に行き4:15に帰宅。
留守中、花菱、服部さんが来客したらしい。
                      5,864歩
                     

by beyonyo | 2016-11-03 08:12 | 新西国33所霊場 | Comments(0)