ブログトップ | ログイン

beyonyoの旅日記

beyonyo.exblog.jp

出歩くのが大好きなbeyonyoの写真の記録

<   2006年 08月 ( 4 )   > この月の画像一覧

f0000521_7115030.jpg

        野中寺にて 04,12,31
f0000521_714951.jpg

     千体地蔵 九品寺にて 06,2,27
f0000521_717504.jpg

     安曇野三郷村一日市にて 06,6,11
f0000521_7212459.jpg

    安曇野梓川村立田上田にて 06,6,12
f0000521_7244996.jpg

      安曇野わさび園にて 06,6,11
f0000521_7292612.jpg

      安曇野わさび園にて 06,6,11
f0000521_7305559.jpg

      安曇野わさび園にて 06,6,11
f0000521_7315767.jpg

      安曇野わさび園にて 06,6,11
f0000521_7335694.jpg

         延命寺にて 06、7,27
f0000521_1139265.jpg

      生駒聖天奥の院参道にて 1980春
f0000521_1424334.jpg

        飛鳥駅付近にて 06,8,30
f0000521_1851950.jpg

     牛滝山 大威徳寺にて 05,11,25
f0000521_1454549.jpg

    金剛山葛城神社付近にて 06,9,17
f0000521_1482132.jpg

        金剛山頂にて 06,9,17
f0000521_1873867.jpg

        妻籠宿にて 06,10,18 
by beyonyo | 2006-08-29 07:15 | 石仏 | Comments(0)
梅雨明けから雨が降らず、遠いところの雷は聞こえるが、いつも音だけですんでしまう。
でも今日は三時頃から一時間待望の雨が降って、花木も夏の疲れが少しは癒された様子。
突然の気象の変化に、みぃこ、が耳を立ってて隠れる程の暗さになる。
今年の夏、ちょとした我が家の出来事。
f0000521_1744433.jpg

   突然の雷雲  PM2;50ベランダから南東を望む
by beyonyo | 2006-08-27 17:51 | Comments(0)
連日の猛暑が続くこの暑い中でも季節の変化がよくわかる。二週間前に真夏の「うぐいす」の鳴き声を聞いたが、16日お盆の夕方「ツクツクホウシ」の声を聞く、この日から家の周りで朝から夕方まで秋が来ることを綺麗なはっきりした声で教えてくれる。21日のまだ暗い朝の散歩道で
「コウロギ」の声を耳にする。未だ生まれて間もないのか声が小さい。                昨夜もまくら元で「コウロギ」のなく音を聞きながらいつの間にか寝てしまった。
でも日中は猛暑になる。この夏何処にも出ずに居たが、涼を求めて山道を走ることにする。
奈良県大淀のスーパーで弁当を買い、吉野川上村にある蜻蛉の滝に行く10時に着く。
いよいよこれから散策しようとしたら、サルビアがカメラを忘れて残念でカバンの中を探してる、
とてもユウモアな風景!!
吉野川の支流にかかる高さ50m滝、全景は下に降りたら見えるが近すぎてカメラに入らない。でも黒い岩壁と白い水しぶきが絵になる。朝早くか夕方の方が撮影するのが良かった。
f0000521_13523372.jpg

f0000521_1353314.jpg

f0000521_13533090.jpg

万葉集にも詠まれ、松尾芭蕉や多くの有名人が訪れている。
 「ほろほろと 山吹き散るか 滝の音」  松尾芭蕉

このあと木陰を求めて、東吉野に向かい上市に戻り、談山神社の山門で昼食のあと明日香に
行、野菜を買って2時過ぎに帰宅。
夏の山道を行くので、虫たちに期待していたが一度の出会いも無かった。
by beyonyo | 2006-08-25 14:17 | Comments(0)
舞鶴のお墓に五時に着く。早朝のドライブで凉かったが、すぐに今日も暑そうな太陽が昇ってきた。お墓に参る前後猫が8~9匹いたので一時間遊んだ。引揚岸壁まで15分で行けるので寄ってみる。
引揚桟橋に来たら15年前と変わっていた。記念館の開館まで一時間あるので公園を散策しょうとしたら公園内の清掃をしている人が、声をかけてきて一時間の間一緒に、舞鶴港の事や引揚桟橋の元に有った場所など地図を見せて、詳しく説明してくれた。
「岸壁の母」を歌った歌手菊地章子さんの手植えのムクの木の前や7枚の二人の写真を撮っていただく。
お年は80前のように見えた。
思いもよらない人と出会って、これ以上ない親切にして頂いた。
後で分かった事であるが、引揚者を見てこられた人に違いない。20年ボランテアを勤めていられるそうな。色々と話して戴いた中に、従軍慰安婦の方が昨年90歳で、今年が最後ですと言われていました。現地で活躍された頃は30歳前の人が90才まで当時を偲び記念館にこられてた話が印象に残った。
戦争で抑留生活で辛い思いをして引き揚げてきた人、不幸にして祖国に帰ること出来なかった無念の人々の心や、思いを岩田さんが語り継いでいる姿に感動した。
今日平和な生活が出来ることに、引揚記念館に来てあらためて感謝する。
今年は意義のある思い出に残るお墓参りになった。三時に帰宅する。
f0000521_1473913.jpg

f0000521_1484787.jpg

今はベニヤ板の工場、左の真ん中の土の所が元の桟橋の後で沖から小船にのりかえてこの桟橋に帰国した。
f0000521_14145033.jpg

        この15隻の船で引き揚げてきた
f0000521_14293683.jpg

引揚記念公園で舞鶴湾の説明中の岩田さん。この後白い橋を渡って舞鶴火力発電所の方に行き日本海を見る。このときの写真でお礼のはがきを出す。

         「引き揚げと舞鶴港」
昭和20年(1945)第二次世界大戦の終結にともない当時海外に残された日本人は660万
以上とも言われた。これらの方々をすみやかに帰国させなければならなくなりました。
これを引き揚げといいます。
舞鶴港は政府の指定した引揚港の一つとして昭和20年10月7日引揚第一船の入港から昭和33年(1958)9月7日の最終船まで実に13年間の長きにわたりて、その使命を果たした。
昭和25年以降は唯一の引揚港として「引き揚げのまち舞鶴」の名を全国に広めました。
舞鶴引揚記念館は色々な方々の支援で昭和63年(1988)4月に開館し年々遠ざかりつつある
戦争や「引き揚げ」の史実を語り継ぎ「平和の尊さ、平和の祈り」のメッセージを、発信つづけています。
     ( 舞鶴引揚記念館パンフレトより写す)
f0000521_8522784.jpg

          返信いただいたハガキ
by beyonyo | 2006-08-10 14:20 | Comments(0)