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beyonyoの旅日記

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出歩くのが大好きなbeyonyoの写真の記録

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 「垂仁天皇陵」 菅原伏見東陵(すがわらのふしみのひがしのみささぎ) 奈良市尼辻西町 11,1,29

父        崇神天皇
母        御間城媛(まきひめ)
皇后       狭穂媛命(さほひめ)
子        誉津別命(ほむつわけのみこと) 日葉酢媛命(ひばすひめ)
          大足彦忍代別尊(景行天皇)
皇居       纒向珠城宮(まきむくのたまき)桜井市茅原
古墳      尼辻宝来山古墳
形状      前方後円墳  堀

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近鉄橿原線西ノ京を過ぎ、次の尼辻駅に入る左側に大きな、前方後円墳の森が満々と水をたたえた濠に浮かぶ垂仁天皇陵が在る。
陵の周りは歴史の道で、菅原神社から唐招提寺、薬師寺と続く途中にある。
回りくねった道の端の畑の中に、かなり古い唐招提寺の道しるべ、陵をバックに立っている、歴史街道にふさわしい景色と出会った。

歴代天皇陵散策で、大阪、奈良、では残り少ない未定の陵だったが、毎日新聞夕刊27日の記事を見て早速に散策する事になった。

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         「鵜のフンで白く化粧したような垂仁天皇陵」
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             毎日新聞1月27日夕刊引用

                       2011,1,29 散策
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by beyonyo | 2011-01-30 07:10 | 歴代天皇陵巡り | Comments(0)
高野街道・烏帽子形八幡神社付近
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    烏帽子神社の麓を過ぎ上田町に向う 11,1,19

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 10,11,2           烏帽子山を右に街道が続く

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 旧家の前の分かれ道に、地蔵堂と道しるべの石仏があり、高野街道の雰囲気を一層感じさせられた。

昨年11月に河内長野駅付近から散策して、旅人の気分で夢中に歩いた高野街道も楽しいもの、この日は18000歩のウォーキングになった。   
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by beyonyo | 2011-01-29 08:31 | 高野街道 | Comments(0)
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この寺は、古い高野街道にそっていた。
西条橋をわたり、坂をのぼり、烏帽子城のしたを、三日市へたどるこの街道も、鉄道と国道で寸断されて、いまでは、通る人もまばらだが、私はこの路を歩くのが好きだ。
とくに柿のいろずく頃がよい。
いつかキリシタン研究家を案内したおりに、ローマで発刊されたふるい記録に、烏帽子の附近に、立派な教会があったとみているが、多分このあたりにちがいないと、きかされた。
 (最近この絵の寺は立替えられた。)  
                     井上喜代一   文


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           「大日寺」 喜多町 11,1,19
供養塔は前と変わらぬ位置に面影をとどめていた。

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          境内の端にある地蔵堂 10,11,5

昨年来た時は、百景の大日寺とは知らずに、地蔵堂の撮影だけをして立ち去った、きょう再度訪れ、通りがかりの年配の女性に、尋ねて大日寺を確認した。
観音講があり、秋の高野街道祭りには、観音さまを拝顔できると教えてもらった。
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by beyonyo | 2011-01-28 07:36 | かわちながの百景 | Comments(0)
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            「池田城」 池田市 11,1,13

室町時代から戦国時代にかけて池田市域一帯を支配していた豪族池田氏の居城。

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         西門                 南門
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               下から西門を望む
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                城内より大手門
主郭部分、城址公園として(平成12年4月12日整備され開園)
虎口・土塁・配水溝・井戸・枯山水の庭、が発掘調査の結果に基づいて復元された。
城は南と西側が崖と谷を利用した要官となっていて、東側は空堀となっている。
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       阪神高速池田線・川西市方面を天守より望む
谷の底から崖を登り、西門がら城内に入ったが、あまり急坂な石段で、城の往時を偲ぶ事ができた。
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by beyonyo | 2011-01-27 07:48 | Comments(0)
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      「苔模様」  富田林市上佐備にて 10,12,27
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by beyonyo | 2011-01-26 08:14 | Comments(0)
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高野街道は、上田町で左へとって、三日市宿場をまわるが、真直ぐ行くとこの胸切坂を下り片添町で合流する。
胸切地藏は、昔この坂の中ほどにあったという。
ここには悲しい物語がある。
泉州堺から紀州橋本へ嫁ぐ花嫁の行列が、この坂にさしかかった時、息せききって来た橋本からの使者が、花婿の急死を告げ、引き返してくれと言う。
行列は驚き乱れる。
その時、駕篭から悲鳴が聞こえて、花嫁は懐剣で胸をついて自害したのである。
二夫にまみえずという貞女の鑑(かがみ)だという。
私は坂の中腹から上方を向いて写生した。
このさかを登りつめた左手に、胸切地藏がある。
                 井上喜代一氏  文


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             「胸切坂」 11,1,19
先生の写生された同じ位置に立って、今も変わらぬ景色に、初めて来たのになぜか、懐かしい思いにふけた。

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   上から見る胸切坂             胸切地藏
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    200メートル先にある高野街道、堂の辻にある説明板
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by beyonyo | 2011-01-25 08:07 | かわちながの百景 | Comments(0)
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        「池田市体育館駐車場にて」 11,1,13
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by beyonyo | 2011-01-24 08:40 | Comments(0)
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       「野中寺・塔の基礎石」 羽曳野市 10,11,27
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by beyonyo | 2011-01-23 06:14 | Comments(0)
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旧高野街道を上田からくだって、三日市へ大きく右にまがるところ、つきあたりに、真教寺のこの古い門だけが残っている。
寺の建物は跡かたもなく、あれはてた境内に、石塔や瓦礫が草蒸している。
南海高野線がこの裏手、寺域を横切って、せまくるしいところをゴート走る。
背景の松山は、古墳のあった大師山で、このあたり、今は、住宅に開発された。
なんか、時の流れの移り変わりに、哀れを感じる。
                  井上喜代一氏  文
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                「真教寺」 11,1,19
今日ここを訪れたら、残っていたと言う門も新しくなり、本堂も再建されて、弘法大師像、と親鸞聖人像があり、チリ一つ落ちていない綺麗な境内だった。
現在の真教寺を先生が見られたら、さぞ驚かれたであろう。
百景を回る中、廃寺になったところもあるが、真教寺さんのように、立派に復元したのを見て、時の移り変わりを、善いほうに感じた。
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門を入ったところに、古木の桜があり、この桜だけは以前と変わりなく、春満開の花を見ることが出来そう。
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           門前より突き当りの高野街道を望む
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by beyonyo | 2011-01-22 07:47 | かわちながの百景 | Comments(0)
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薬師さんといたほうがわかりやすい。
手前の祠はには戎さんがおまつりしてある。
中央のモチの大木は赤い実をいっぱいつけて、こぼれそうだ。
本堂に庫裡(くり)の障子に、晩秋の陽ざしが映えて、今日は風がつめたいが、寒さを多少やわらげてくれる。
魔法瓶のお茶が、そろそろありがたくおもえる季節である。
                    井上喜代一氏   文

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                「月輪寺」 11,1,19
散策中、住職がお帰りになり、30分程の立ち話、この附近にある百景の事などの話や、月輪寺の横の川をへだてて、存在した「旅籠・油屋」と当時あった遊郭など高野街道にまつわる話を聞く。
スケッチされた戎さんは、(住職のお話では弁財天)はお堂の裏に移転祠の屋根が少し見えるだけ、まえの石段も、すこし残して、変わっていた。
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       前の石段                地蔵菩薩 
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               地蔵菩薩 全景
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            「本堂より三日市橋を望む」
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        「三日市橋より月輪寺を望む」 10,11,2 
         橋は七ツ辻より石仏に通ずるR371号線
 
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先生の来られたのは11月、晩秋の陽ざしが映えて、と表現されている。
今日は、その庫裡の白壁に初春の陽ざしが軟らかく映えて、豪華な座布団で寝むる猫、このやさしい表現をされた心に感動、深く印象に残った月輪寺であった。

住職のご親切に甘えて、このあと、車はここの置いて、百景、高野街道の散策を続ける。
     
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by beyonyo | 2011-01-21 07:36 | かわちながの百景 | Comments(0)