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beyonyoの旅日記

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出歩くのが大好きなbeyonyoの写真の記録

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                            流谷 
                      井上喜代一氏のスッケチ
                         1963,4,14 
椿の花がずいぶん多い。
ここは里より寒気のせいか、なよなよとした彼岸桜が、まだ散り残っている。
新芽をふいた雑木林をへだってて、濃い杉並木の森があざやか。
稜線を区切る空は、あくまでも青い。
尾根をくだってくる岩湧からのハイカーの姿が見える。
このあたり、耶蘇名を刻んだ石ぶみが残っているが、隠れキリシタンの里をおもわせる、ひなびた山村だ。
                    井上喜代一氏   文


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                     流谷  11,8、13

流谷は別名、灑谷(そそぐたに)と称し、流谷が平氏の残党が逃れ住んだことも伝えています。
即ち、源九郎義経と戦って敗れた平氏の一族、阿波民部大輔田成能の弟「桜間介能遠」がその一族と共に流れ込んで住みついたという説です。
阿波国桜間と言うところは余戸浦(あまべうら)といい、彼らが来てから余戸郷流谷の里と称するようになったとも付け加えています。
流谷は落武者やキリシタンが隠れ住むのに都合のよい土地柄であったかも知りません。
                      史蹟案内  南 昭雄氏 文より抜粋


スケッチされて48年過ぎた流谷のこの場所は、四度訪れ探すが分からない。
これより先は三日市の加賀田に抜ける、暗い道、隠れキリシタンや落ち武者がここを選ぶのは当然なところ。
現存する昔の家に、現代の新しい新築された家がかえって印象に残る山郷の景色だった。
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by beyonyo | 2011-08-31 04:29 | かわちながの百景 | Comments(0)
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                       そうじん池(惣持寺池)
                      井上喜代一氏のスケッチ
                          1985,6,4
高向、中村の東側は、崖下に広い耕池があってそこに灌漑用のため池がある。
大して大きくないが、自然のままの土堤で、水際には黄一色のあやめが群生し、昔ながらの田園風景が残されている。
中世、ここに惣持寺があった。
江戸時代、高向が旗本甲斐装氏の知行地となったので、その一子の墓碑が残存している。
明治の学制発布で、この池に小学校が建った。
のちに小学校は上村の現在地に、建物ごと移転したが、その建物も、戦前の改築の際取り壊された。
古い歴史を秘めた池ではある。
                          井上喜代一氏    文


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                  そうじん池 11,7,31

池の堤から「大阪府花の文化センター」の温室が見える風景に変わっているが、すでに鎌倉時代にお寺があったといわれるせいか、昔の面影の残っているように感じる。
今は、池の半分ほどは、ガマの植物が独占している。
その環境からか、チョウトンボがたくさん乱れ飛んでいる。
他ではめったに見られない、好景色と出会った。

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                     06,7,8 明治池にて撮影
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by beyonyo | 2011-08-30 04:17 | かわちながの百景 | Comments(0)
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                       家族の絆 
             バリ・タンパクシリン(モンキーフォレスト)にて 07,7,16
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by beyonyo | 2011-08-29 04:53 | アルバムより | Comments(0)
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                   九重石塔  達磨寺 11,7,15

灯篭や五輪塔の台石を九重に重ねて塔にしたものである
塔身には「法華塔」の銘文がある。
元は本堂の西隣にあり、塔の地下には石室を造って、「一字一石経」が大量に奉納されていた。

九重塔の向こうには、第七代、孝霊天皇陵(片丘馬坂陵)を望める。

                     孝霊天皇(片丘馬坂陵)こちらから
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by beyonyo | 2011-08-28 07:45 | 石仏 | Comments(0)
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                    キノカワ蛾   11,8,16
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by beyonyo | 2011-08-27 07:07 | 虫たち | Comments(0)
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                      南蛮煙管   11,8,25


昨年秋、近所の愛好家より種を頂き、三月初めに蒔いて花を見る。
斑入りススキは、昨年春、石川河川で採取して植え、今年は葉にたくさんの斑が入り、南蛮煙管が寄生してくれた。
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花の姿を、かつて南蛮人と言われていた、ポルトガル人やスペインの船員がくわえていたマドロスパイプに見立てて、「ナンバンキセル」の名がついたという。

寄生されたススキには穂が出ない法則があり、互いに奇妙な植物である。

ススキやミョウガなどの根に寄生して葉っぱを出さず、下向きに咲く姿から「万葉集」にも「思い草」と詠われ
花言葉が「物思い」

      道の辺の 尾花が下の思い草
                今さらさらに 何を思はむ   
 
                                  「万葉集」 寄生  作者未詳 

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昨年春から続いた体の異変、今年になって二度の手術、抗がん剤の投与、昨夜は最後の二錠の薬を服用した。
この間、何時も癒してくれた草花盆栽、思い草が全快に近い私に花を添えてくれた「ナンバンキセル」に乾杯!!068.gif

             思い草 秋を待たずに 物思う    biyonyo

                ナンバンキセルの種は  こちらへどうぞ
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by beyonyo | 2011-08-26 05:16 | 花と盆景 | Comments(0)
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                 ひまわり  新家にて 11,8,24

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昨日は何時もとコースを変え、小輪のひまわり畑を歩いてみた。
小輪のひまわりは,夏の名残の朝日を迎えて、いかにも颯爽としているようだが、この景色を見て初秋を感じた早朝ウオーキングであった。058.gif
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by beyonyo | 2011-08-25 07:50 | 花と盆景 | Comments(0)
高野街道・千早口付近 11,8,1 散策

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                        南海高野線千早口駅
                                                      
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駅より戻りR371号線より枝分かれしている高野街道に入る。奥の円錐形の山が旗尾岳楠正成の千早城の出城。


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                         清水井戸
                  

R371号沿いにあり、車で走行中はめったに目に入らない。
石仏あたりから紀見峠トンネルまで、カーブーが続き、交通量も多く写真撮影も危険。

この付近にもう一か所、今も水が湧いている井戸があり、この二か所の由来をとって、大阪名物道頓堀の「二つ井の岩こし」が出来た。
(これは弘法大師が杖で岩を突いて水を出し、親切にしてくれた老婆の苦労に報いたからといい、清水の地名もここから出た。
のち、粟を加工して土産物として売り出したところ飛ぶように売れましたので、のちに大阪へ出て商売することになり、大師と先祖の恩を忘れないため商標に「二ツ井」をとり入れたということです。
大阪名物「粟おこし」の由来は以上です。)   史蹟案内  南 昭雄 解説より抜粋


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                                            御所の辻

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          御所の辻地蔵                       松明屋   

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                      おもかげが残る街道

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                         高野へ七里石                    
駅から旧街道を歩いて又,R371号に出たら、すぐ七里石があった。ここも運転中気が付かないカーブーの危険な竹藪の中。
ここまで大師にまつわる遺蹟を散策、しばらく行くとまた枝分かれした天見に入る。     
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by beyonyo | 2011-08-24 04:30 | 高野街道 | Comments(0)
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                 ぱしふいっくびいなす   11,8,20

7月26日に続いて、8月20日に豪華客船ぱしふいっくびいなすが、神湊漁港沖に停泊。
観光客を漁船で軍艦堤防まで運び、島内観光を楽しんだ。
今年の八丈島は、夕立、雷等が激しく、例年の様な暑さがなく、気温も八丈島が一番低く寂しいかぎりだそうです。
南海の小島は夏の暑い時季が一番観光にふさわしいらしいです。

            1997年9月27日進水
            総トン数 26,518トン
            全長 183,4m
            全幅 25、0m
            喫水 6,5m
            巡航速力 20,8ノット
            客室数 254室      
            乗客定員 696名
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by beyonyo | 2011-08-23 04:14 | 八丈島便り | Comments(0)
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                           松明屋
                     井上喜代一氏のスケッチ 
                         1982,2,26

千早口駅西の御所の辻から旧高野街道を500米も進むと、右手に「松明屋」の横額をかけたお堂がある。
むかし弘法大師が高野山へのぼる途中、ここで夜明けを迎え、持っていた松明を地につきたて休憩した。
村人は温かく大師をもてなし粽(ちまき)を差し上げた。
そのご利益でここで作る粽が厄除けとなって、高野山参詣の人々のお土産となった。
さらにこの時、大師が立てた松明から根が生えて、松の大木となたという。
その大木の切り株は今も堂の上手のつかに残っている。

                         井上喜代一氏    文


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                     松明屋   11,8,1

千早口付近からここまでの街道を歩いて、岩瀬の辻薬師と松明屋の粽と清水の二つ井戸といずれも弘法大師にまつわる話が残っていた。
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by beyonyo | 2011-08-22 03:49 | かわちながの百景 | Comments(0)