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beyonyoの旅日記

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出歩くのが大好きなbeyonyoの写真の記録

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               天神ノ森天満宮  西成区 12,2,26

天下茶屋跡散策中に新しい発見があった。
天神ノ森境内に、天下茶屋の敵討ち跡の供養塔を見つけた。予期せぬ出会い。

宇喜多秀家の家臣、林重次郎、原三郎兄弟が父の敵、当麻三郎右衛門を追い求め重次郎は返り討ちとなったが原三郎が打ち果し本懐を遂げた。

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                         供養塔

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前の道は紀州街道で、住吉大社も近い四百年前の秀吉や武士町民にいたるまで往来があった現在は大阪の下町で旧跡の多い所。

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by beyonyo | 2012-02-29 06:07 | Comments(0)
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          四国八十八ヶ所石仏  家原寺  2012,2,5
by beyonyo | 2012-02-28 07:23 | 石仏 | Comments(0)
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             天下茶屋の跡   西成区  12,2,26

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大阪西成区、天神ノ森の近くに楠と秀吉を祀る白い土蔵があた。
ここが天下茶屋の跡。
400年前豊臣秀吉が住吉大社参拝の折に立ち寄り、千利休が茶店の泉で茶を立てた所太閤秀吉はいたく満足し泉に「恵の水」の名をたまわった。
後に「殿下の茶屋」天下の茶屋と呼ばれる。
昭和20年終戦まで5000平方メートルの広大な土地に井戸や茶室御殿が立っていた。
その一角に残っている。

実に由緒のある名前に何時も心の中に調べてみたいと思っていたが、先日毎日新聞に「我が町に歴史あり」で紹介され永年の想いと一致散策できた。
by beyonyo | 2012-02-27 06:26 | 太閤記 | Comments(0)
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          八丈富士と城跡  横間海岸より望む 12,2,23

源為朝の城跡とも言われているが、戦国時代に小田原北条氏、三浦の三浦氏、相模(横浜市)の奥山氏の三氏が争った時の城跡だったようだと言われている。

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                            城跡

          久しぶりに八丈だよりが有りました。島はもう~春の兆しかな~
by beyonyo | 2012-02-26 08:19 | 八丈島便り | Comments(0)
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          人生いろいろ  京都清水産寧坂にて  12,2,20
この界隈は京都観光のメッカ、観光客のそれぞれの人生が・・・・・
by beyonyo | 2012-02-25 06:37 | Comments(0)
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                 二上の雲海  12,2,24 am10:00

昨夜からの雨が上がり、急展開に天気になった。
病院の予約時間が迫る中、この風景に出会い慌て撮り、帰りは又雨になり何も見えない嘘のような景色で、ラッキーな一枚になった。
by beyonyo | 2012-02-24 06:28 | Comments(0)
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             ハイポーズ 大和郡山市にて  12,2,22

主人にお八つをもらう前の行儀良さ、可愛いポーズに思わず一枚
by beyonyo | 2012-02-23 06:45 | Comments(0)
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                        金剛寺多宝塔
                      井上喜代一氏のスケッチ
                        1963,4,12
均整のとれた美しい塔である。
蛙股の色とりどりの図柄もおもしろい。
欄干おぎぼしには、豊臣秀頼、片桐且元の名がきざまれ、慶長の修復工事が記録してある。
今は亡き吉川英治の名著、宮本武蔵の取材も役立ったとか。
こけらぶきの屋根は、古びて、瓦と違った味があるやわらかな色をただよわす。
彼岸桜は白っぽいが、山桜は赤みがかった新芽を出している。
                   
                         井上喜代一    文


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                  金剛寺多宝塔  11,6,3

戦後の修理の時、豊臣秀頼、片桐且元を奉行として修理したことが判りますが、平安末期の手法も認められている。
現在本堂や観月亭など、平成の大修理中でいずれも覆面状態で百景の中に入っているが、完成までにかなりの時間がかかりそう。
by beyonyo | 2012-02-22 07:58 | かわちながの百景 | Comments(0)
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                 耳塚(鼻塚)  京都七条  12,2,20 

天下を統一した豊臣秀吉が、さらに大陸にも支配の手をのばし、半島に侵攻した文禄慶長の役で秀吉輩下の武将は、古来一般の戦功のしるしである首級のかわりに朝鮮軍民男女の鼻や耳をそぎ、塩漬けにして持ち帰った。
これらは秀吉の命によりこの地に埋められ、供養の儀がもたれたという、これが伝えられる耳塚(鼻塚)の始まりである。
秀吉が惹き起こしたこの戦争は、朝鮮戦争における人々の根強い抵抗によって敗退に終わったが、戦役が遺したこの塚は戦乱下に被った朝鮮民衆の受難を、歴史の遺史の遺訓として、いまに伝えられている。

                               京都市  説明版より抜粋

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この辺は秀吉にかかわる多くの遺跡があり、秀吉夢の跡を散策出来るところである。
この塚からすぐそばに、サルと呼ばれた信長の草履を懐にいれ温め、出世の始めとなった場所や、秀吉の遺言で埋葬された、東山山上に御廟がある。
秀吉の一生の歴史振り返るとき、重要な所。

                    
by beyonyo | 2012-02-21 07:08 | 太閤記 | Comments(0)
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                      梅にも雪 11,2,14
           梅の気持ちは、早く解けてくれ~冷た~い重~い~と泣き顔emoticon-0106-crying.gif

                                                                   昨年もやはり寒かったのか、雪帽子の紅梅、端唄の「梅にも春」を一節唄うつもりが梅にも雪になってしまう。
昨日朝、今年の鶯の初鳴きを聴いた、昨年この時期は病気で盆栽の植え替えができなかったがボチボチその季節が近ずいている。
by beyonyo | 2012-02-20 06:57 | 花と盆景 | Comments(0)