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beyonyoの旅日記

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出歩くのが大好きなbeyonyoの写真の記録

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                 学名不詳?? 12・4・24

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つぼみは5~6ミリの野草、野道で採取し小鉢で栽培毎年可愛い花を見る。

毎度、拙いブログにお立ち寄りいただき有難うございます。
GW中はお休みします。
皆様もどうぞ良きGWでありますように!!
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by beyonyo | 2012-04-27 00:19 | 花と盆景 | Comments(0)
能登半島一周(アルバム)より

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               安宅住吉神社  小松市  05,4,12

安宅の関所にあり全国で唯一の「難関突破」の守護神をまつり、巫女さんが「勧進帳」の説明をして頂いた。(無料)
by beyonyo | 2012-04-26 03:11 | アルバムより | Comments(0)
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                   雲仙コメツツジ   12,4,23

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七年前に挿し芽した雲仙コメツツジに一輪の花径一Cmの花が咲いた。
小さい赤い岩の空間の一輪は作者を満足させてくれてますemoticon-0140-rofl.gif
by beyonyo | 2012-04-25 05:53 | 花と盆景 | Comments(0)
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                  夕暮れ  狭山池堤防  12,4,5
by beyonyo | 2012-04-24 04:15 | 朝やけ・夕やけ | Comments(0)
能登半島一周(アルバム)より
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              安宅の関所址  石川県小松市 05,4,13

源平壇ノ浦の合戦で平家を滅ぼした源義経は兄頼朝に追われ弁慶と共に奥州平泉の藤原氏の元へ落ち延びる時通りかかった有名な関所。

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「勧進帳」で有名な安宅の関、関守の冨樫は義経一行だと感づいていたが弁慶が白紙の「勧進帳」を読み上げたので通そうとするが、部下が怪しいので再度吟味する様に言い、厳しい尋問にあう。
この危機を乗り切るため弁慶が主君である義経を叩きつける姿に感動した冨樫が通行を許可したとされている。

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                         勇仁智の銅像

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f0000521_573341.jpg能登半島の海岸沿いの一周の旅のはじめに小松市を走行中に気づいて立ち寄った。
歴史の勉強不足で突然有名な関所址に来て感動、幸先の良い旅の始まりになった。
by beyonyo | 2012-04-23 06:58 | アルバムより | Comments(0)
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                 法起院  長谷参道  12,4,12

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西国三十三札所の番外、何度も長谷詣でをしながら朱印帳に法起院だけまだ朱印がない次回は忘れず朱印をいただきたい。
by beyonyo | 2012-04-22 07:29 | Comments(0)
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      思案中 バリ・タンバクシリン(モンキーフォレスト)にて   07,7,16

何を思案中か子育てに疲れてつかの間の居眠りか
モンキーの神経を診察していたら、こちらも眠気が模様して居眠り症候群になりそう!! emoticon-0118-yawn.gif
by beyonyo | 2012-04-21 04:44 | アルバムより | Comments(0)
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                 舞妓  清水産寧坂にて  12,2,19

京の清水界隈、本物の檜舞台に偽舞妓、昔はこんな景色はなっかたが現代のビジネス社会が生み出した景色であると思う。
まだまだ平和な日本、偽りの姿から変身した姿を見たい・・・emoticon-0127-lipssealed.gif
by beyonyo | 2012-04-20 07:39 | Comments(0)
高野街道・六里石~五里石 橋本市柱本付近 12,4,12

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                         葛城神社
紀見峠(400m)を下り最初に出会う葛城神社、牛頭天王社(ごずてんのうしゃ)とも称し除疫神として京都祇園(八坂神社)が総社である。
牛頭天王は、もとはインドの釈迦や弟子の僧坊である、祇園精舎の守護神であった。
京都祇園社の紋が胡瓜の切り口に似ている所から、祇園さんの紋を食べるのは恐れ多いと最近まで食べなかったと伝わる。           (説明版より抜粋)

紀見峠山麓の街道で一休みする絶好のところであった。
昔の高野詣りの旅人も同じであったことだろう。
家数も少ない中で近所の人に声をかけたら、紀州弁のなまりで返事が返ってきた、河内の国から峠を越えて紀州路に入った何とも言えない旅の懐かしさを感じた。


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                      木無患子(ムクロジ)の木
境内にあり通常高さは10~15m直径は0、3~0,4mになるが、この木は高さ29,7m胸高幹周り4,2mと通常に比べ、はるかに大きく珍しい存在で高知県須崎市大谷の勢井白王(伊気)神社境内についで全国第二位の規模とされている。

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       山麓、柱本付近、間もなく国道紀見峠和歌山方面トンネル出口に合流  

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 国道トンネルを出たら立派な桜並木の風景であるが、道路拡張の工事のため今年が最後の花になるかも?
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             慶賀野交差点から左に分かれる角にある地蔵堂

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   慶賀野交差点現在の景色は、高野さんに向かう南海電車が走る(地蔵前より望む)

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地蔵堂より少し行くと、この家の人が昔鍛冶屋をしていて冬寒い時の旅人は、フイゴの火に暖まり一息をいれたと先祖の人から聞いていると話された。
一声かけ又、年寄り仲間の懐かしい話が聞けた。

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街道から又国道に戻る、一転南海高野線「林間田園都市駅」前の風景となる、高野街道散策の中でこれほど見事な変身した所はない。
南海が昭和56年11月開業した、計画戸数11,320戸、計画人工42,000人の玄関口。

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五里石の付近に一願不動の案内板があり道が行き止まりになった所にあった、高野街道沿いでないが立ち寄ってみた。

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柱本を過ぎ橋谷の国道沿いに「五里石」があった。
この場所から200m柱本寄りにあったが、交通事故に遭いこの場所に移された、無残に折れている、ここは墓所らしく昔のままのようである。
左右からスピードの出た車が行き交う、一枚のシャッターも中々ままならぬ困難である。

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                          五里石

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帰りに林間田園都市駅の付近を散策したら落ち着いた雰囲気の三石台、計画的に出来た街らしく、モダンなデザインの洋風建築、神戸の山手に来たような気分になった。
上から向の山裾にあるであろう高野街道を望んでみた。

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                  紀見峠駅 (南海高野線)12,2,3
by beyonyo | 2012-04-19 07:44 | 高野街道 | Comments(0)
高野街道・紀見峠  12,3,26

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                       峠の山頂付近

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                            六里石

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                     車道から別れ旧道を行く

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六里石の隣に岡潔数学者昭和36年文化勲章受賞明治40年橋本市柱本小学校入学子供の頃はこの峠で住んでいた記念碑

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                   峠道で昔の面影の残っている付近

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                      丹波屋峠の茶屋

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江戸時代紀州藩が番所をもうけ旅篭や茶店が軒をつらねて一日300人もの人が泊まり出来る宿場町であった。
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                    これより先は通行止徒歩の道

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                     丹波屋橋本側より

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紀見峠の山頂集落は18世帯の小さな村回数は少ないが南海りんかんバスが来ているらしくバス停があった。

このあと峠を下り柱本付近散策する。
by beyonyo | 2012-04-18 06:32 | 高野街道 | Comments(0)