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beyonyoの旅日記

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出歩くのが大好きなbeyonyoの写真の記録

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             晩秋の彩  奈良・正倉院付近  12、11、20

東大寺大仏殿と正倉院の間にあり、いつ訪れても落ち着く場所だが秋は格別の味がする。
by beyonyo | 2012-11-30 05:25 | Comments(0)
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                粧う二上山 当麻町  12、11、28

一昨日は、夕日に映える二上山と出会えた(河内) 昨日は(大和)側から望む二上山を撮りに行った。
ここ2~3日の冷え込みで一段と雑木の紅葉が進んでいた。

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                   二上山登山口(河内側) 雌岳
by beyonyo | 2012-11-29 06:25 | Comments(0)
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            粧う二上山   12、11、27  PM16:24  

愛する二上の紅葉で粧う雄岳を一瞬望めた。
グラスと酒を両手に持ちながら、約束の用事を思いつき、出かけた時に偶然、夕日に映えた二上を望めた。
めっちゃラッキーだった。041.gif
by beyonyo | 2012-11-28 07:24 | Comments(1)
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                 秋の道    大和郡山  12、11、13 
by beyonyo | 2012-11-27 07:51 | Comments(0)
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                円城寺 奈良市忍辱山町 12、11、20

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                                             本堂
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                            多宝塔

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                       大日如来坐像(国宝)

   運慶20歳の出世作と言われている。 (多宝塔に安置されている)  
                       (奈良観光ガイドブックより引用)


柳生街道の途中にある古刹で毎回立ち寄るが、今回が初めての拝顔できた。
by beyonyo | 2012-11-26 05:36 | Comments(0)
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             慈尊院築地塀 和歌山九度山町 12、11、3
 県指定の文化財 境内の周囲三方を約250mにわたる、塀の厚さは日本一とか、平成16年7月世界遺産になった。
           本尊・弥勤仏(国宝秘仏)女人高野
                                                                    高野町石(国指定史跡)紀伊山道の霊場と参詣道が世界遺産。
これは弘法大師が、高野山へお参りになる人の為に山上の「根本大塔」からここ慈尊院まで一丁(108m)ごとに木製の卒塔婆を建てられ、高野山の本街道の道標とされた、その出発点がここじそんいんである。

                  丁石と根本大塔 こちら
by beyonyo | 2012-11-25 04:13 | Comments(0)
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             古い登山道   五條市  12、11、12

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五條市近内町から小和町を経て、伏見伝いに金剛山に登る道。
伏見峠を越えて河内の国に通ずるこの道は古くから道標(町石)が点在し昔の面影が偲ばれる。
by beyonyo | 2012-11-24 06:30 | Comments(0)
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                笹も映える 竹林寺  奈良平群町 12、11、13 

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行基菩薩が49院開基の一つ生馬山・竹林寺行基菩薩のお墓の下、楓の紅葉に笹がこぼれ日に映えていた。

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                          本堂

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普段は無人らしく戸締りしてあるが、秋の飾りが留守中の接待をしているようだった。
by beyonyo | 2012-11-23 07:20 | Comments(0)
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         柳生氏代々の菩提所 芳徳禅寺  奈良柳生の里  12、11、20

神護山・芳徳禅寺は、寛永十五年(1638)柳生但馬守宗矩(むねのり)、亡父石舟斎宗厳(むねよし)の供養のため創建したもので、開山は宗矩と親交のあった沢庵和尚、のち柳生氏代々の菩提所となった。
                             (パンフレットより抜粋)
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                          境内の紅葉

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                        柳生家の墓塔への道

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 墓所の周りの土塀は年代を物語っているが、平成4年に本堂と柳生家墓所が奈良市文化財に指定され、それに始まった本堂解体修理も平成8年に完了した。

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                  柳生正木坂剣禅道場より望む柳生の里

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                        柳生正木坂剣禅道場

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宗矩直門の弟子たちは、全国各藩に召抱えられ活躍した。(家老屋敷にて)

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                          十兵杉
柳生十兵衛三厳が手植えの杉、昭和48年二度目の落雷で枯れたが、今も立派に立っている。


f0000521_15193841.jpg  昭和46年大河ドラマ「春の坂道」山岡荘八原作の時以来五度目の柳生の里は、歴史学者と言っても過言でない幼友との二人旅、互いに得るもが多々あった。

父、柳生石舟斎に後を託され、徳川家康、秀忠、家光、三代の将軍に側近として仕えた武人、柳生但馬守宗矩の遺品や書状など今回は当時の時代に近く触れた散策が出来た。
by beyonyo | 2012-11-22 05:43 | Comments(0)
高野街道ー26
分岐道~道標四里石まで


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                  分岐道   橋本市 12、10、20

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左に高野街道右に京奈和道をくぐりR24号線へ、御幸辻付近からここまではR371と高野街道は兼用道で交通量が多く歩きにくかったが、これより先は落ち着いた雰囲気で歩ける。

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                            橋本川
紀見峠駅をでた所では鬱蒼とした谷間を流れていた橋本川もここでは大きな川になっていた。

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             JR ガードには最近「高野街道」の文字が

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     橋本川もまもなく紀の川に合流、まつがえ橋から和歌山に向かうJR電車

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                東家四丁目付近の分かれ道左高野街道

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                        分かれ道の道標石

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                        道標四里石と常夜灯

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                高野山女人堂 四リ   南無大師遍照金剛

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                高野街道はここから渡し舟で向こう岸に渡る。

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                       紀の川   四里石より望む

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                          橋本大橋

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     橋本川と紀の川の合流                     九度山方面を望む

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                          橋本大橋

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           船板の塀                            応其寺

橋本駅への帰り道は旧市内に入り、路地裏で船のヘリで作られた塀に出会った。紀の川の渡し舟の高野街道の名残か、一層懐しい思いで眺める。
応其寺も偶然の発見、(橋本開基の恩人木食応其が荒れた里寺を再建し里坊として過ごした場所。
応其上人は高野中興の祖であり豊臣秀吉の紀州征伐から高野を救いました。)

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                         JR・南海 橋本駅

紀見峠駅から歩いた高野街道は初秋とは言えまだ暑い日差しの中の一人旅の散策であった。
この日の歩いた歩数は、24、508歩その歩数に刻まれた風景は何時までも忘れないだろう。
用意していった二個のにぎりめしも、夢中で歩いて食したのは、橋本駅に着いた午後三時前だった。
過酷な歩き旅は高野参りの昔の人の思いを体験できた。

by beyonyo | 2012-11-21 04:35 | 高野街道 | Comments(0)