ブログトップ | ログイン

beyonyoの旅日記

beyonyo.exblog.jp

出歩くのが大好きなbeyonyoの写真の記録

<   2017年 03月 ( 24 )   > この月の画像一覧

f0000521_20441187.jpg

                モクレン  泉佐野市南中樫井  17,3,24

りんくうタウンを背景にキャベツ畑に巨大なモクレンまだつぼみだが撮ってみた。




9:00sarubiaのブログ仲間とタオル筆の絵手紙展で泉佐野に送り、大坂夏の陣古戦場跡を散策、園芸盆栽展で「深山大根花」を買う。
園芸、大岩チドリの芽が出たので7本と6本に分けて植え替える。
               4,477歩


by beyonyo | 2017-03-25 06:53 | 花と盆景 | Comments(0)
f0000521_20540212.jpg

               吉備の里 壺坂付近  17,3,18

f0000521_20543733.jpg
                    吉備から金剛、葛城を望む 




園芸、数珠サンゴを外に出す、松、梅盆栽に肥料をやる、遅咲きの菊を整理、
メダカケースを2ケース掃除、芝さんから白メダカ16匹里帰りしてケースに入れる。
もともとケースに入っていたメダカは産卵用に鉢に移す。予定していたメダカの産卵の用意は完了。
芝さん、服部(奥)さん来客。
                       3,891歩
 


by beyonyo | 2017-03-24 07:29 | 田舎の風景 | Comments(0)
f0000521_19545555.jpg

                 月ヶ瀬梅林・鹿飛谷  17,3,22

f0000521_19551271.jpg

f0000521_19552561.jpg
f0000521_19555556.jpg
f0000521_19553612.jpg
f0000521_19563196.jpg
f0000521_19544433.jpg
土産物店の庭の枝垂れ梅

f0000521_19573028.jpg

園生姫と月ヶ瀬梅林

後醍醐天皇が笠置落城の折天皇の「側女」月ヶ瀬へ逃れ村人に助けられ、紅花染の媒介剤としての「鳥梅」(黒梅)のつくり方を教えた、これが高価に売れるので村人はこぞって各地に梅を植え梅林がひろがり(約10万本)、梅の花と渓谷による梅渓となる。
日本初の国の名勝の一つとして指定を受けた(1922)

人の多い連休を避けて来てみたが観光客は意外と少ない、何度も来ているが寂しい感じだった。
平日で若い人はいない、高齢者もいない、ほとんど中年以上のカップルが多かった。



月ヶ瀬梅林に行く、名阪香芝インターへ入って45分で到着、散策の後帰りに堺市金岡のAプライスに買い物、帰宅したら芝さんが呼んでくれ服部さんとメダカ談義。
                   7,052歩





by beyonyo | 2017-03-23 07:33 | 花と盆景 | Comments(0)
f0000521_10234222.jpg

             小谷城址(郷土館) 堺市豊田  17,3,19

f0000521_10235130.jpg
                   250年くらい前の建物

f0000521_10240340.jpg



小谷城は標高約80mの独立した山で13世紀(鎌倉時代)中ごろに自然のままを城としてつかわれた。平一族の小谷氏の居城であった。

小谷氏は家伝によると、池禅尼(平清盛の継母)は源頼朝が平清盛に捕えられ、殺されそうになったとき、幼少で可哀想だと言って命乞いをし頼朝を伊豆に流し、義経を鞍馬寺に送った。

その後月日は流れ、頼朝、義経が成人して、京に攻め入り、平家一門を西国へ走らせた。
池禅尼の実子頼盛とその子孫だけは、京に呼び戻し、昔から平氏の居住地(現在の京都国立博物館から六波羅密寺)に住まわせたという。
それにしても源氏の世の中では、京都に居ずらく堺に赴任してくる。
鎌倉幕府の命令で、和泉国政所を勤め、曽孫の政有の時に現在の小谷城一帯に城郭の地割をして城が完成する。

八代目の時に楠正成の軍に加わり南朝のために戦い、笠置の合戦で戦死した。

九代目では小谷城は、千早、赤坂の南朝方から(浜の寺、浄土宗大雄寺)通信を送る「狼煙火」の中継所となり、また一方天野山行宮を守る裏木戸のかなめ城としての役目を重要であった。

二十三代目の時織田信長の根来攻めがありその時落城した。
城主は城に火をかけ、自らは鉢ヶ峰に逃げて切腹しようとしたが、既に敵が回っていたため長峰の一本松のところで切腹した。墓は鉢ヶ峰に今も残り供養されている。

二十九代目は大坂冬の陣、夏の陣に徳川方となって参加したという。
                     (郷土館資料 抜粋)

f0000521_10241920.jpg



全館内撮影禁止だったが堺銃、鉄砲・甲冑や槍などの武家用具、仁徳天皇陵出土の須惠器など数多い出品を見ることが出来た。
小谷氏の子孫を通じて歴史の一端に触れられ良い散策ができた。



夜中から降った雨は夕方まで続きうすら寒く何する気も起らない。
骨休みの日になった、田井戸に恒例の「いかなごの釘煮」を貰いに行く。
夕方雨が上がりシャッターを洗う。
           1,147歩





by beyonyo | 2017-03-22 07:02 | 歴史散策 | Comments(0)
f0000521_20331485.jpg

               広橋梅林  下市町  17,3,20

月ヶ瀬、賀名生、と並び奈良県三大梅林の広橋梅林、峠から一枚戴いた。
紅白梅約5000本が峠道に満開を迎えている一コマ




白と黒、白とオレンジ、のメダカを同じ容器に入れる。ちょうど芝さん夫婦がウオーキングの途中で立ち寄ってくれる。
10:00前からお彼岸の墓参りの後、洞川のゴロゴロ水の湧水を255リッター汲みに行く、帰り道広橋梅林で撮影、春霞みか黄砂か帰りも急ぎ梅林に入る気がしなかった。16:30帰宅。
留守中に井上さんが来られ再度夕方来客習い琴のお世話したお礼を戴く。
                    3,650歩


by beyonyo | 2017-03-21 08:41 | 花と盆景 | Comments(0)
f0000521_06232431.jpg

                谷間の白梅   明日香  17,3,18



sarubiaは三姉妹で天王寺一心寺にお参り、駅に送り堺市の小谷城址を散策、帰宅後町会の草取りをする。
長谷川さん来客。
         4,136歩


by beyonyo | 2017-03-20 06:33 | 花と盆景 | Comments(0)
f0000521_07185208.jpg

             河津さくら  壺坂付近  17,3,18

f0000521_07190256.jpg


お彼岸のおはぎを造り10:30になったが、月ヶ瀬梅林の七分咲き梅を見に行く予定だったが芝さんが白と黒メダカを35匹もって来てくれ12:00まで雑談、井上さん宅にも立ち寄って出発が13:00前になったので行く先を変更、土佐高取に行くことにする。
そのおかげで帰り道、市尾付近で予期せぬ古墳と出会った。
朝一番服部さん夫婦来客。
                         5,980歩



by beyonyo | 2017-03-19 07:40 | 花と盆景 | Comments(0)
f0000521_6395031.jpg


           イノシシの大型看板  丹波篠山  16,12,12
丹波と言えば黒豆、猪肉町を散策中巨大な看板と出会った。



芝さんから産卵用に白メダカ二年物を20匹預かる。
 コスモスに買い物
             4,317歩

by beyonyo | 2017-03-18 06:54 | Comments(0)
f0000521_08311916.jpg

         天満池の石仏  斑鳩  17,2,19




愛采ランド道の駅に野菜を買いに行く。10時開店の10分前に着いたが、すでに長蛇の列だった、約一時間の買い物を済ませ帰るとき入場制限の人がまだ長い行列で待っている。何度も来ているが初めての事だった。
長い材木を納戸の屋根に終う。
                    4,747歩





by beyonyo | 2017-03-17 08:52 | Comments(0)
f0000521_06384538.jpg

                 ?さなぎ  16,11,13

大型すずめ蛾のさなぎ?か忘れていたらいつの間にか抜け殻になっていた。
少しの間小さな自然の体験ができた。


粗大ごみに捨てるつもりだった衣装缶の引き出し75cm×39cm今では役に立たないものを詰め込み、場所をとっていたが、捨てずに工具入れに使うことに台を設置する。
3,916歩


by beyonyo | 2017-03-16 07:00 | 虫たち | Comments(0)