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beyonyoの旅日記

beyonyo.exblog.jp

出歩くのが大好きなbeyonyoの写真の記録

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 西国三十三札所 谷汲山 華厳寺にて 昭和57年3月28日
            「思い出のアルバムより」
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# by beyonyo | 2007-02-18 07:36 | 石仏 | Comments(0)
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                 07,2,16
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# by beyonyo | 2007-02-17 18:22 | 雲のある風景 | Comments(0)
南部梅林でウオーキングの予定で行くが、二日前の低気圧の突風(春一番)で梅花は散りそめ行く先は、白浜、串本に向う。
時間があるので、古座川峡の一枚岩を見学に行く。
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      高さ100メートル巾500メートルの一枚岩
  雨上がりに岩肌を無数に流れ落ちる滝は絶景らしい。
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 南部の花   一枚岩からR42号に出る和深線で日本サルと天然の万両を見る。
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                白浜・円月島
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                白浜・三段壁
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              串本町江田付近にて
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                白浜・千疊敷
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                串本・橋杭岩
昔なら二泊三日の旅も、日帰りでできることに、すべて感謝する。

       橋杭の 波うつ岩も なつかしく (beyonyo)
       
        出発 AM   6:00
        帰宅 PM  20:00
        走行距離 461キロ

    
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# by beyonyo | 2007-02-17 14:17 | Comments(0)
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       「ひよ」 津々山台公園にて 06,11,23
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         「すずめ」 花博公園にて 06,5,3
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        「まがも」 上高地明神池にて 05,6,19
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           「はと」 石川にて 05,2,21
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 「おしどり」 上高地明神池にて 05,6,19 (sarubia撮影)
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       「ゆりかもめ」 琵琶湖大津浜にて 05,3,2
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          「ひよ」 向陽台にて 07,2,12
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      [鴨とアヒル」 明治j池公園にて 06,8,20
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       「タイサギ」 狭山池公園にて 07,1,19
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          「カワウ・カイツブリ・アオサギ」
          狭山池公園にて 07,1,19
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# by beyonyo | 2007-02-14 09:17 | 野鳥 | Comments(0)
始めに飛鳥寺の南方4~500メートルの所で東西石組溝儉出、土出した土器から飛鳥時代後半に流れ,藤原宮の段階に廃絶したらしい。「飛鳥京跡第157次ー宮北調査」
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        東西の溝  (左上は甘樫丘説明に並ぶ人)
ここが宮殿の北の端とすれば、とても広い宮殿だったことを想像する。
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        飛鳥寺  (遺跡より望むsarubia撮影)
一昨年、入鹿邸発見の隣に今回の調査場所があり蘇我入鹿を想いながら歩く。
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調査の結果7世紀代を通じて、活発な土地利用が確認できたこと。蘇我氏の邸宅に関連する可能性も考えられるが、儉出した建物はいずれも中小規模で、以前土出した焼けた壁土に関わる焼失建物も確認されない。遺構は大きく3時期に分かれ各時期ごとに土を盛って、大規模な整地を行っている。

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                集材のヘリ
石垣発見、北面から南東方向に長さ15メートル高さ1メートル分が確認された。丘を大規模に造成して直径20~50センチ大の石を7,8段積み上げた、精巧な構造でさらに南側に延びると想定される。
盛り土をして炉をつくり炉は鍛治炉の可能性が考えられる。空気を送る風穴があった。
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              生産関係品と鉄器
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                 出土した鍋
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                出土した土器 
今回土出した土器の中には入鹿邸が存在した7世紀前半のものと、以外に後半のものもあった。
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遺構が入鹿邸とすれば・・・・
蘇我氏滅亡後もこの場所に何らかの施設があったことになる。
新たなミステリー次回の調査が楽しみ。今回も5,000人の人出、二つのところで各5~60分の待ち時間、出土した遺物の撮影は困難であったが、ロマンとミステリーで楽しい一時を過ごせた。
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               蘇我入鹿の首塚
 向こうの山が甘樫の丘、この間で毛鞠が行われていた(飛鳥寺の住職に聞く) 
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         NHKドラマ「大化の改新」ロケ現場 
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       ロケ地より畝傍・二上山を望む(05,3,6 撮影)
    
     いにしえの ロマンの中の ミステリー (sarubia)
    飛鳥路の ロマンにひたる 長い列 (sarubia)   
    明日香路の  集う遺跡に  ヘリもくる (beyonyo)         
             
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# by beyonyo | 2007-02-13 10:55 | Comments(0)
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                 笑い仏
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         岩船阿弥陀三尊磨崖仏(笑い仏)
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                藪の中の仏
右から、十一面観音・地蔵菩薩立像・別の岩に阿弥陀如来坐像 (浄瑠璃寺付近にて)
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  唐臼の壷磨崖仏
  阿弥陀如来坐像


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             大門仏谷の石仏
 この場所の地名も仏谷、無縁仏の集群もあり寂しいところ
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                唐臼の壷 
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         鍬地蔵  線彫で見えにくい 
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        首切り地蔵 (首がくびれているので)
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 弥勒磨崖仏 文永十一年(1274)笠置寺の弥勒如来磨崖仏を写したものとして有名。
  線彫りでほとんど面影を留めない。

「平重衡の奈良焼打で焼失した東大寺大仏殿の再建に際し南宋より招かれた石大工の棟梁であったといわれる、伊行末の後裔と見られてる人物である。」磨崖仏紀行・・邊見泰子著より

「木漏れ日の 藪の小路に いしぼてけ」 beyonyo            
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# by beyonyo | 2007-02-09 09:11 | 石仏 | Comments(0)
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岩船寺と浄瑠璃寺、二つの魅力ある当尾地方を始めて訪れたのは、30数年前その後2度来たが、今回は足に自信が出来て、初めて憧れの石仏対面が出来た。
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             岩船寺三重の塔
当尾の山中を歩いているが冬の平日とあって、誰一人出逢わない淋しい山道、竹やぶの薄暗い中、竹が風ですれて不気味な高い音を立て居る。急な下り坂に八帖岩があった、1,5キロほどの途中に笑い仏があった、長年の念願が叶う。
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        岩船阿弥陀三尊磨崖佛(笑い仏)
何対かの石仏と出会う事が出来たがいずれも微笑を湛えて、まろやかな童顔の石仏が多かった。

当尾地方に阿弥陀如来像が多いのは九品の阿弥陀如来仏を安置する「九体寺」浄瑠璃寺の影響があるらしい。(磨崖仏紀行・・邊見泰子著より)
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             浄瑠璃寺{九体寺)
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          岩船寺の梅まだつぼみかたし
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      立春も過ぎ春の日差しは梅を咲かしていた。
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      岩船寺山門付近の無人の店どれでも100円
 
  走行距離 96キロ
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# by beyonyo | 2007-02-08 19:07 | Comments(2)
般若心経の手本を買いに、薬師寺に行く。
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           薬師寺遠望
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             金堂
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     西塔                東塔
東塔{国宝)730年に造営されたと伝えられる、創建当時唯一の遺構。
白鳳時代から今日まで「凍れる音楽」という愛称で親しまれている。
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上部の水煙には透かし彫りされた、二十四人の飛天は笛を奏で花をまき、衣をひるがえし、
祈りを捧げる自由な姿で晴れ渡った大空に神秘と美のシンボルとして仏を讃えている。
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   玄奘三蔵院          大唐西域壁画殿
平山郁夫画伯が30年の歳月をかけ完成された,玄奘三蔵求法の精神を描いた壁画は春季公開で見ることが出来なかったが、薬師三尊像と聖観音菩薩像、いずれも(国宝・白鳳時代)の
美しい姿を拝し、広い寺内と青空の下を歩き回り、心体満足の気分で帰る。
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# by beyonyo | 2007-02-03 10:16 | Comments(0)
雨の予報も外れて、心配していた道中の雪も無く好天気に恵まれる。
家内両親、父23回忌母50回忌で妹たち夫婦6人で舞鶴に行く。
仏前を守ってくれてる、弟夫婦一家や姉妹たちが、在りし日の父母を偲び今日の日を感謝することを、霊前に報告できて、ほんの少し皆で親孝行を出来たと嬉しかった。

朝早く出て、一時間の余裕を喫茶店で休息して、田辺(舞鶴)城に立ち寄ってみる。
僅かな時間だが歴史の一場面をしのぐ事が出来た。

天正8年(1580)丹後の国は細川藤孝(幽斎}忠興親子の領国となり、この城を築いた。それ以後田辺城は細川、京極、牧野氏の居城として約290年間領内統治の中心的存在であった。
明治6年に廃城となり、本丸付近は現在(舞鶴公園)になってる。

舞鶴の地名は田辺城の別称「舞鶴城」に由来している。
     (まいずる観光ネットより)
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 [細川がラシャ婦人」
明智光秀の三女、玉、は織田信長の縁組取持ちで、細川忠興と結ばれるが、光秀謀反の一族で有ったため、忠興と離縁幽閉という形で領内の山奥深くかくまった。
玉、は2年後秀吉に許されて、再婚の形で細川家に戻る。
関が原合戦の折、大阪の細川屋敷に居た、玉、は天の命に従い、西軍の人質に取るという命令に死を持って答える。
このことは、婦徳の鑑(かがみ)と称され、世間の同情は細川家に集まった。
   {全国の城 京都8)より
玉「ガラシャ婦人」のお墓は以前(崇禅寺)境内で偶然に出会うことが出来た。
近日中に大阪城内、難波の宮付近にある細川家跡に行ってみたい。


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# by beyonyo | 2007-02-01 20:32 | Comments(0)
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          散歩中にPM3:26
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# by beyonyo | 2007-02-01 11:11 | 雲のある風景 | Comments(0)