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beyonyoの旅日記

beyonyo.exblog.jp

出歩くのが大好きなbeyonyoの写真の記録

毎年梅の香りに誘われて出かけるが、今年は万博日本庭園にお土産のお弁当を持って行く。
梅林に近づくとまだ花は見えないのに甘酸っぱい香りが漂ってくる。花は五分咲きくらいである。
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万博記念公園は
36年ぶりに来た梅林は人が多いので、欅林の下でアナゴ寿司を食べ紅茶を飲む周りの風景も良しとても贅沢な昼食美味しかった。
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           sarubia 撮影
このあとゆっくりと休憩しても、いつもと何処か違う二人意欲が無く写真も写す気になれないが園内散歩を続ける。
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            チャイム 
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          ガレージセール
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         けやきと太陽の塔
sarubiaの体調が良くないので入園二時間もしないうちに帰ることにする。駐車料1200円高い
入園料250円普通 入る気は無いがガレージセール入場料350円は高い!!
夜からsarubiaが40度の高熱になり6日朝医者に行くインフルエンザA型?と診断された。
きっちりとウイルスのわけ分をもらい翌日医者に行くことになる。中2日程は二人とも熱の競演が続いたが、今朝やっと平熱になる。二人が同時にグロッキーになるのは15年前にもあった。
体調がもどり昼食のあと還付金の申告に税務署に行く。
     春一番の出来事であった。
# by beyonyo | 2006-03-10 14:57 | Comments(0)
NHK12時20分から始まるスタジオパークからこんにちは、
ふるさと一番の生中継があるので、お隣のKさんと二人で行く。
女優の羽田美智子さんが来てNHKアナウンサー近藤泰郎さんとの約21分を見学した。
地内町は織田信長が各地の地内町を焼き討ちにしたが、興正寺別院やこの町寺内を守るため
商家の人々が信長に、酒や米などを献上して、信長から「寺内別条なき候」のお札をいただき焼き
討ちを免れ現在に至っている。
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       あて曲げのみちを説明中
全国で国指定二ヶ所の一つ江戸時代から商家が残る町。
あて曲げの道は、適が侵入しにくいように十字路をずらして作ってある。
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             あて曲げの道
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        興正寺別院付近のあて曲げの道
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                興正寺前
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         昔の杉田医院をバックに
   このような煙り出し櫓がたくさんある。
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           三層の蔵
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杉山邸は350前の柱など国の文化財に指定され石上露子(歌人)の生家でもある。
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             杉山邸
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    店の間 酒の商売もすべてここから始まった。
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        テレビ中継の後始末
昔は酒屋が多く歌に歌われた
「富田林の酒屋の井戸は底に黄金の水が沸く」
話やうわさは聞くが今日まで無関心のように過してきたが本日体験して先人や町おこしに努力された方々に感謝したい気持ちである。
灯台元暗しを反省。
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          杉山邸中庭から写す
# by beyonyo | 2006-03-01 11:55 | Comments(1)
西日本三大奇祭の一つと言われる「おんだ祭り」が天長六年(西暦829年)に今の所に移されたと言われている。祭りの主役は天狗、翁、牛、お多福、の面をつけた四人が青竹の先を細かく割ったものを持って男女をとわず子供大人もかたっぱしから追いかけてお尻を叩く、叩かれると無病息災で過せ、この追いかけで田んぼや畑が踏み荒らされた方がその年の収穫が多くなると信じられている。
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        坐神社付近の風景と神社正面
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     お多福を迎えにくる天狗と宮司さん
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多勢の人で境内は足の踏み場もない混雑の中儀式の途中天狗がお多福を迎えに来て本殿前の舞台に出発、社務所を出る
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 田植えの儀式を終わって鳥居前で暴れる牛
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  拝殿に向かう天狗とお多福 (昨年2月6日撮影)
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               翁
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   大きな太った外人の女性をおもいきり叩くお多福

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今回で三度目祭りに来たが二年前は天狗におもいきり叩かれたが、今回はカメラを向けるとポーズをとり、あとでそっと叩いてくれた。だいぶん老人に見えたか?
今年はやさしい天狗さんであった。おもわず有難うと言うとキョロット見返し言葉は無いが面の中はニッコリと笑っているように見え、僅か瞬間の時来て良かったと思う。
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    お祭りも終わり社務所に帰る天狗の後姿
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        八釣の里の古径に咲く蝋梅
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何度来ても必ず立ち寄る明日香の場所で、一番好きな風景を眺めて今年の、おんだ祭り一人旅を終わる。

             完 
# by beyonyo | 2006-02-15 07:57 | 明日香散歩 | Comments(0)
良い天気に誘われて、何時ものようにすぐ出発のドライブ。貝塚から阪和道に入り湯浅を出てすぐ「かまどや」でのり弁当を買う待ち時間に付近のカラフルな色彩をパチリ。
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         とても静かな衣奈港
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 湯浅から海に向かい走行して、T字交差点に有る漁港
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初めて目にした感動の白い岩を尋ねて、今回も来てみたが随分立派な公園になっていた。
以前とは違った風景に出会うことが出来て楽しいドライブであった。
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           海南に沈む夕日
     農道桃山町山中にて(sarubia)撮影
# by beyonyo | 2006-02-07 11:10 | Comments(0)
二上山を越えてさらに竹之内街道を行くと旧道長尾の集落に長尾神社があった。
二の鳥居の下にめづらしい蛙がいた。f0000521_15321979.jpg
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親子三匹で神社を守っていっるのかな?
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ここまで来ると大和三山が見えてきて明日香が近づく。
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冬の稲渕   秋から今も頑張る案山子。
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冬の稲渕   畦道を行く人。
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冬の稲渕   ウメモドキ(飛鳥川のほとり)にて

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 飛鳥川飛び石
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第十一巻   明日香川明日も渡らむ石橋の遠き心は思ほえぬかも。
                 (作者不明)
第七巻     年月もいまだ経なくに明日香川瀬々ゆ渡しし石橋もなし。
                 (作者不明)

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飛び石の歌碑











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冬の稲渕 明日香稲渕も最後の風景になってきた、
       すぐそこに飛鳥橋があり山中
       に飛鳥川の源流となる (南渕請安先生の墓地にお参りして写す)
# by beyonyo | 2006-02-01 15:37 | 明日香散歩 | Comments(1)
22日のラジオ深夜便で童謡歌手の川田正子さんの訃報を聞く。
みかんの花咲く丘(鐘の鳴る丘)とんがりぼうし、など懐かしい歌である。
4~5日あとに追悼番組で幼い歌声を聴く。
小学六年卒業の時に、五年生が上級生を送るお祝いの劇の中で、歌ってくれたみかんの花咲く丘
あれから幾十年過ぎたがその時の思い出は、今も忘れずカラオケにいっても必ず歌う曲である。
その当時は、藁半紙に謄写版で刷った歌詞をみて覚えた。
おなじ世代の川田正子さんのご冥福をお祈りする。
その当時のレコードを出して懐かしい針音を聴いてみた。
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   和歌山有田のみかん畑   2006.1.29 撮影
 
# by beyonyo | 2006-01-30 16:56 | Comments(2)
今年も早や20日になりやっとブログ開始する。
正月3日レイ、ビーコ、と十津川方面に行く。
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谷瀬の吊橋何度来ても渡ることが出来なかったサルビヤもレイのおかげで渡ることができた。
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谷瀬の吊橋は昭和29年に当時のお金で一億円で出来たとのこと。
好天気であるが地形が風の通り道で突風の吹くなか約300mの橋を渡る。
行く道は遠く帰りはあっという間であった。スリル満点楽しい体験が出来た。
湯泉地温泉手前で昼食。
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すぐ近くに滝の湯温泉があった。源泉60度の熱い湯であったが良かった。
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谷の下の露天風呂とても良い自然の風景だが撮影は遠慮する。
せめてすげ笠でもと写す。
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# by beyonyo | 2006-01-20 17:15 | Comments(0)
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奈良県二上山の麓にある傘堂。
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傘堂の横で実が何個あるか見事な柿の木に出会う。
師走の冷たい風の中石光寺に向かう。
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石光寺山門と二上の雄岳。
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来る時期が少し遅れたが、何輪かの牡丹が迎えてくれた。
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                      庭園 
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小雪まう 二上のすその 石光寺
     牡丹とさくら 浄土の庭に (beyonyo)
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初春や 當麻の寺へ 文かけは
    奈良の都に 住むここちする  (与謝野晶子)
# by beyonyo | 2005-12-28 15:01 | 花と盆景 | Comments(4)
何度か訪れたところであるが何時来ても懐かしい場所である。小学二年生(戦時中)の時に訓練の遠足で梅干一個の日の丸弁当を持って往復歩いて来たところである。
遠い道を初夏の日差しを浴びて、どんづる峯に着いたら水筒のお茶もなく友人は池の水を飲んだ思い出がある。 
其の事がついこの間のことのように甦る。

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 今日はsarubiaと大和郡山に行く途中前を通り、ふと立ち寄る気になった。

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                   2005,12,11

何時来ても昔と変わりなく迎えてくれる自然の風景、私にとって思い出いっぱいのふるさと、どんづる峯である。
    
# by beyonyo | 2005-12-11 10:55 | 天然記念物 | Comments(0)
12/2ニュースでまた明日香に新しいロマンが開いた。カズマヤマ古墳四世紀から七世紀にかけて朝鮮半島に栄えた百済に多く見られる(磚積み石室)高貴な人物に限って使われた漆塗りの破片も出土。
皇族か日本に滞在した百済の王族が葬られた可能性が高いらしい。
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飛鳥駅前から20分懐かしい野焼き枯れ草の煙の匂いに誘われ現地につく。
真弓崗と呼ばれる一角に所在する終末期古墳。すぐそばにマルコ山古墳がある。

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現場は足場が悪いのでなかなか前に進まない。竹やぶの中で大木も沢山ある山頂にあり一見して水はけの良い最高に良い場所と感じた。
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吉野川の結昌の片岩で築かれた磚積み石室で今回の調査で丘陸の南側の斜面を東西100M以上南北60Mにわって造成したあと版築によって墳丘が築かれた。
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埋葬施設は磚状に加工した結晶岩を小口積みにした磚積石室で棺台が設けられ、石室の壁面
や接合面は大量の漆喰が使用されていること。
土出している土器で7世紀後半とのこと。
特に注目されたのが1361年の南海地震、震度6弱の影響で大規模な地滑りを引き起こし玄室部分のほぼ中央から南側に最大2M滑落していると明らかになった。
盗掘がなければ完全な古墳であった。
土師器、須恵器、漆片、鉄釘、不明鉄製品、瓦器、40~50歳男性の人骨が出土した。
大変足場が悪いため説明会は明日別の場所でとの事少し残念であるが調査員に感謝して
隣りにあるマルコ山古墳に向かう。
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           マルコ山古墳全景
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           古墳を守る樹木かな?


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# by beyonyo | 2005-12-05 12:58 | 古墳 | Comments(0)