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beyonyoの旅日記

beyonyo.exblog.jp

出歩くのが大好きなbeyonyoの写真の記録

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             学名不詳  家の付近にて  17,1,31

オオルリ、ルリビタキ、など瑠璃色の鳥は本や図鑑でよく見るが、こんなに太っていない、調べても正体は不詳だが撮れただけでも満足です。
素早くこの一枚で逃げられたが次回の出会いを期待する。



奥河内に仏花を買いに、桃の花を井上さんにあげる。
灯油を買いに、午後お墓参りに、パソコンのデスク整理、芝さん来客。
                 1,718歩


# by beyonyo | 2017-02-22 07:59 | 野鳥 | Comments(0)
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               大城橋  川合町側より  17,2,19


大和川に架かり、斑鳩町と川合町を結ぶ奈良県唯一の「沈下橋」。
地元の人は沈み橋、潜水橋とも呼んでいるらしい。

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                         斑鳩町側より

堤防のすぐ下だが増水の時はここも浸かるらしく、流あふれたごみがたくさんある。


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幅2mほどの細い橋で、川が増水すると水面下に沈む、橋の欄干がなく初めて通るのはなかなか怖い。
地元の人は生活道路らしく、普通車も単車もどんどん通る、斑鳩町側の堤防に駐車して歩いて渡り15分ほどの間に十数台の渡る車を見た。

過去、事故もあるらしく斑鳩町側の堤防の下に、「南無阿弥陀仏」の石碑がある。




春一番の突風に馬酔木の植木鉢が落ちて割れ植え替え、ついでに土の整理となり作業場が整理できた。
服部さん宅にメダカを見に行く。
7,871歩



# by beyonyo | 2017-02-21 07:43 | 歴史散策 | Comments(0)
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   太子市  法隆寺  17,2,19

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法隆寺南大門前


斑鳩散策中、法隆寺前で太子の市と出会い、立ち寄ることにした。
河内の叡福寺でも太子の市があり、遠い昔「おたいや」の店が出たことを思い出した。

           

斑鳩散策に9:00出発、17:00帰宅、
いろいろな出会いがあったが、予期せぬメダカの「楊貴妃」を5匹買う。
10,212歩



# by beyonyo | 2017-02-20 08:27 | Comments(0)
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               中家住宅  安堵町  16,12,4


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国指定重要文化財
中氏は南北朝時代ごろから在地武士として成長し、戦国時代には筒井氏の一族として活躍した土豪です。
窪田氏と名乗っていましたが、惣領家は中殿と呼ばれたために、やがて中氏と称するようになりました。


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二重の豪に囲まれた広大な屋敷は、かつての窪田殿の居館であり中世後半の大和地方における平城の姿を今によく伝えています。
屋敷内には国の重要文化財に指定された大和棟の美しい主屋を始め、表門・新屋敷・蔵・持仏堂などが残り、中世武士の居館様式を伝えています。
                      安堵町ホームペイジ引用


「太子の道」散策中、中家住宅の案内板に心引かれて立ち寄る。
屋敷内見学は予約が必要で入れなかったが、流石国指定だけあって、外部からでも十分存在感を得た。
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                         入口付近に在った遺跡



園芸、サルビアの花が終ったので5鉢の整理、千両の剪定、蝋梅の剪定、メダカのエアーポンプがだめになり新しいのを買い設置する。
芝さん来客。
                4,146歩(ウォーキングなし)

# by beyonyo | 2017-02-19 08:19 | 歴史散策 | Comments(0)
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                      モズ   向陽台  17,2,4


新しくメダカのケースに石付き盆栽を入れ、メダカ15匹を入れる。
              5,155歩

# by beyonyo | 2017-02-18 06:36 | 野鳥 | Comments(0)
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                太子の道付近  安堵町  17,2,16

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「太子の道」四度目の散策で出会った案山子、作者のアイデアに思わずホホ笑んだ。



8時洗車、正午から花菱と「太子の道」筋違の道に行く15:40帰宅。
服部、芝さん来客。
1,937歩




# by beyonyo | 2017-02-17 06:59 | 田舎の風景 | Comments(0)
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                ハクセキレイ  向陽台  17・2・10
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                ウォーキング休憩中そばを離れない野鳥に癒される。




sarubia眼科受診で待ち時間を病院の駐車場を歩く。
午後、葉菜の森と岸和田のララポートに行く。
              6,427歩

# by beyonyo | 2017-02-16 05:04 | 野鳥 | Comments(0)

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             仏塚古墳    斑鳩町  17,2,13

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                   聖徳太子一族の墓と言われている

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                    広い田園の中にある仏塚

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法輪寺の無料駐車場に駐車して、
冷たい風が吹くがどこかのどかな雰囲気の中を歩く感触がとてもいい。
中宮寺の墓所を通り、斑鳩の斎場墓場を抜けて知らない風景の出会いもあった。


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                   法輪寺の塔



オークワに買い物。
忘れていた7CPを思い出しながら悪戦苦闘、やっと今日の送信につながった。
                     12,757歩



# by beyonyo | 2017-02-15 09:47 | 古墳 | Comments(0)
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                             メジロ 17,2,13
                盆景に遊びに来たメジロを撮ることが出来た。



9:30斑鳩の、仏塚古墳・駒塚古墳・調子丸古墳の三つを散策。2:30帰宅。

                    9,194歩

# by beyonyo | 2017-02-14 06:45 | 野鳥 | Comments(0)
東弓削遺跡(由義寺跡)の発掘調査(遺跡確認調査)現地説明会

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          東弓削遺跡 全景  八尾市東弓削3丁目 17,2,11


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                         産経新聞2月10日朝刊
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                         産経新聞2月10日朝刊 
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      一辺が約20mの七重の塔の基盤の説明に多くの人が聞き入った。
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平成28年9月に東弓削遺跡において、由義寺に関連すると考えられる奈良時代後期の瓦が多量に出土しました。その後、平成28年11月から北東の隣接地において、寺院の遺構確認のための調査を行った結果、瓦の集積の広がりと一辺20m(天平尺で約68尺)の正方形の塔の基壇を確認しました。
塔の基壇は、平城京にある東大寺東塔の24m(約80尺)に次ぎ、大安寺の約21m(約68尺)や諸国の国分寺に匹敵する大きさで、東大寺や大安寺と同様に七重塔であった可能性が高いと考えられます。
今回の調査で、日本の正史である「続日本紀」の770年のころに記された称徳天皇と道鏡が建立した由義寺の場所が明らかになりました。
さらに称徳天皇がこの地に置いたとされる幻の都「由義宮(西京)」を考える上でも重要な発見です。
             調査の成果 説明会パンフレットを写す
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                            説明パンフレット
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                   塔は手前の方に倒れて多くの瓦が出土している
「塔が倒れた理由」
基壇周辺から出土した瓦や凝灰岩の切り石、壁土などは、火を受けた痕跡が見られます。
また、焼けて割れていますが、塔の頂部に立てられた「相輪」の一部である「伏鉢」か「請花」とみられる直径約90cmに復元できる銅製品も出土しています。
これらの事から、時期は不明ですが、塔が火災で焼け落ちたことがわかります。
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                   出土品展示を見るのに約一時間待ち
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同和開珎(初鋳708年)16枚、萬年通寶(初鋳760年)一枚、神功開寶(初鋳765年)一枚が掘込地業の石の間から出土しました。
寺院建立に際して、地鎮のために埋められた「鎮壇具」の一部らしい。
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                          塔の上段部の飾り具

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出土瓦の多数を占める東大寺式と興福寺式のうち、東大寺式は西大寺の瓦に似ていますが、同笵の資料はなく、由義寺のために造られた可能性があります。また、四天王寺(大阪市)で使われた瓦や金寺山廃寺(豊中市)と同笵の瓦も出土しています。


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 遺跡の横は、外環状線で送電線の鉄塔が約50mそれよりもまだ20m高い塔が建っていた説明を聞いて、当時、塔からの眺めも、遠い場所からの塔の眺めも素晴らしかったとロマンが湧いてくる。

称徳天皇(当時は孝謙上皇)聖武天皇の娘、西大寺や西隆時の建立百万塔の製作などの仏教を重視した政策を進める。
病弱だった孝謙は761年近江の国、保良宮(大津市)への行幸の際、道鏡の治療を受け、道鏡を重んじるようになる。
孝謙の寵愛を受けた道鏡は法王となり、出生地である河内(大阪)八尾弓削に3回行幸し、770年のときに由義寺の塔の建設に伴い、関係者に位階を与えている。
道鏡は和気清麻呂によって否定され、翌宝亀元年、称徳天皇が崩御すると道鏡は下野(栃木)薬師寺別当に左遷され、三年後任地で亡くなる。

日本の名僧100人を知り、名僧から歴史を学び、歴史から名僧を学ぶ機会を東弓削遺跡
説明会で得て、意義ある説明会だった。


何時も通る外環状の横に遺跡があったことに驚いた、調査された考古学者に感謝する。




図書館に本を返却、花菱に東弓削遺跡のパンフレットと写真を持って行く。 
                8,577歩

# by beyonyo | 2017-02-13 07:25 | 歴史散策 | Comments(0)