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beyonyoの旅日記

beyonyo.exblog.jp

出歩くのが大好きなbeyonyoの写真の記録

 
           年末年始の千葉の旅 ⑪

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           長岡百穴古墳  栃木県宇都宮  16,12,30 

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7世紀前半頃に造成された横穴墓群と考えられている。現在52基が確認されほぼすべての穴の中の壁面に、室町時代から江戸時代にかけて彫られたとみられる地蔵菩薩や馬頭観音像が見られる。
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    国道119号線走行中、rayが教えてくれて走行中撮った貴重な一枚になった。




園芸、全部の植木鉢に水やり不要な鉢の整理。
 午前中歩く。
           10、544歩

# by beyonyo | 2017-01-17 07:21 | 古墳 | Comments(0)

年末年始の千葉の旅 ⑩

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                 洞窟酒蔵  那須鳥山  16,12,31
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                       東力士・島崎酒造の酒蔵の一部

洞窟酒蔵見学は4~11月の間で休館中であったが、raymariがオーナーズボトルをしているので電話で頼み、年末の忙しい中洞窟の中を案内していただいた。
太陽光線がまったく入らないので、日光による変化がなく、年間を通じ、どうくつ内温度は平均10℃、季節により±5℃で清酒の熟成には最適温度であると共に、その四季を通じた温度差により、瓶内で対流が生じ常に品質が均一化された状況で熟成されると説明を聞く。

            この後、店に行き色んな試飲を楽しんだ。




作日も寒く植木の水盤には氷が張っている、歩きに行って服部さん夫婦と出会う、家に来てくれたそうでしばらく立ち話、午後、女子都市対抗駅伝を見てアンカーランナーになった時、芝さんがメダカの鉢が凍っている電話もらい、共にテレビを見ながら京都、岡山の接戦をゴールまで一喜一憂する。
互いに固定電話、携帯電話が同じで何時も長話になる。
そのあと大相撲観戦。
                  7,355歩

# by beyonyo | 2017-01-16 09:22 | 歴史散策 | Comments(0)

年末年始の千葉の旅 ⑨

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                 とりっくあーと  栃木県日光  16,12,30


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                   大金温泉に行くとき迂回して立ち寄る
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                     男性トイレに女性が?トリックの面白さ
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朝一番歩きに行ったが寒波到来で、予定していた御所市茅原の吉祥草寺の「大どんど」五條市の念仏寺の「だだ押」は何度も迷った末に夜の行事でもあり中止する。
                  6,855歩

# by beyonyo | 2017-01-15 08:50 | Comments(0)
      年末年始の千葉の旅 ⑧

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                        筑波山  16,12,30


           那須鳥山の大金温泉に行く途中筑波山を眺めドライブ(車中より)

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                          豪華な城の農協の米蔵

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                           古墳らしい?森
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                               日光男体山
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                              日光連山
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                              鬼怒川鉄橋
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                          近づく日光連山
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                       日光東照宮杉並木の参道
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                      「とりっくあーと」付近(いずれも車中より)

   大金温泉に行く途中「とりっくあーと」に立ち寄り16時過ぎにホテルに到着
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                      大金温泉グランドホテル
     

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                    以前の使用していた源泉口

那須烏山付近は遠い昔は海底で在ったので、クジラの骨が発掘されているという。
温泉の湯も少し塩分がある。
一泊の朝、露天風呂に入るが昨晩冷え込んだらしく氷点下の中の温泉は最高だった。


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                   大金温泉グランドホテルホームペイジより
建物が船形になっていて船内を広いロビーになっている、幸運に船先の部屋に泊まれた。

                      とりっくあーとに続く



7時歩いて病院に採血に行き、午後検診年末血糖値が高いので気になっていたがHbAIC(NGSP)過去三か月の値が5,7で基準値にあり正常、であった。
年末年始のアルコールの量は多かったがγーGTP38と基準値であった。
オークワ、ばんばん、に買い物、夕食は制限なしの安心感で飲む。

一昨夜につづいて友人の娘さん姉妹より電話、友人の肝臓癌の手術が成功しICから一般病棟になったと報告してくれた。

東京中野に居る友人も電話もらい、大腸癌、胃癌の手術後の経過よく元気な声を聴き、二人のパーワーを貰った日になった。
やがて訪れる最後の日を計算しつつ過ごす日々になってきたが、一層前向きで前進したいと再認識する日だった。
            9,495歩

# by beyonyo | 2017-01-14 05:30 | Comments(0)
年末年始の千葉の旅 ⑦

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              鹿野山・九十九谷  君津市  16,12,29

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    この絶景の展望台で鍋焼きうどんと金麦は格別な味わいを楽しめた。
何度来ても房総地方は暖かい、意外なアウトドアの雰囲気を体験できた。

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sarubiaは今年初めてのノルデックに、ほぼ同じ時間をウオーキングする。
午後は留守中の植木鉢の整理をして元の状態にする。
                 10,392歩



# by beyonyo | 2017-01-13 05:47 | 歴史散策 | Comments(0)

年末年始の千葉の旅 ⑥span>

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                  濃溝の滝  君津市  16,12,29

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洞窟の奥から光が差し込み、春と秋にだけスポットライトのように岩肌と川面を照らし午前中は水面に光が反射してハート型に見えると言われ近年観光の名所になった。


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                      パンフレット引用
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          滝の帰りの遊歩道は整備され、ホタルの幼虫を大切にしている。


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           遊歩道の下にクレソンがいっぱい自生している


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葉菜の森に野菜買いに、ビバホームセンターに立ち寄り午前中店内散策。しばらく来なかった間にスーパー松源が閉店されていた。
                 5,843歩

# by beyonyo | 2017-01-12 08:30 | 歴史散策 | Comments(0)
年末年始千葉の旅 ⑤
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                     日本橋  中央区  16,12,28

明治44年(1911)に完成した石造り二連アーチ橋で橋の長さ49m幅27m橋柱の銘板にある「日本橋」の乇蒙揮毛は徳川慶喜のもの。
国の重要文化財。

お江戸日本橋、東海道五十三次の江戸の出発地点。

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                  橋の上は首都高速が走り昔の情緒はない。


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橋の装飾は現代でも立派に通用する西洋的なデザインに、麒麟と獅子の銅板像や一里塚を表す松や榎木」を取り入れた柱模様など、日本的なモチーフを加えた和洋折衷の装飾が素晴らしい。



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麒麟像には日本の道路の起点となる「日本橋」がら飛び立つというイメージから翼がつけられ、奈良県手向山八幡宮の狛犬やヨーロッパのライオン像など参考にした獅子像は東京都市の紋章を手にしている。
             (ウイキペディアより引用しました)

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                          三越百貨店本店

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    日本橋に来て一番に目についたのが三越本店ビル、玄関の暖簾は印象に残った。

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                     三越側より日本橋を望む
          ビルと高速道路の中に埋まって存在感がない状態

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                    日本橋より三越百貨店を望む

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                           東京市道路元標

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           新春に行われる箱根駅伝の準備も出来ている



両国駅から歩いて日本橋まで散策、意外と遠かったが、江戸の重要地点を歩けた事に十分満足感がある。
東日本橋駅より一路津田沼でsarubia、Rさんと合流して娘宅に一日目の日程が終る。



園芸、日当たりの良い場所に植木を配置転換。
千葉に種を蒔いて三か月の苗の赤のペチニアemoticon-0155-flower.gifを送る。
写真の整理。
          6,660歩
# by beyonyo | 2017-01-11 06:23 | 歴史散策 | Comments(0)

年末年始の千葉の旅 ④

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                      両国橋  中央区側  16,12,28


墨田区、と中央区、国道14号線を通す。
明暦の大火明暦3年(1657)(振袖火事)で橋がなく逃げ場を失った死者が多く架けられた。
隅田川が武蔵国と下総国の境であったため、二州橋とも言われた。
のちに武蔵、下総国に架かることから両国橋と改められた。
橋の両側に火除地として広小路が設けられ、江戸随一の盛り場として賑わった。

当時の橋は少し下流にあったが、現在の橋は昭和7年に架けられた。

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                             墨田区側

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                  中央区側に隅田川と神田川の合流地点


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       神田川との合流地点を行く水上バス (まもなく国技館前に乗り場がある)

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昨年は国技館付近を散策しながら立ち寄れなかった吉良邸屋敷跡、回向院、今回散策したおかげで両国橋を渡れた。

行く手に江戸橋、日本橋3キロの標識を見て、行ってみることにした。

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                                 江戸橋





7:22清荒神初詣と方違神社に初詣、高速を使わずに2時間で清荒神に到着、参拝のあと毎年、阪急清荒神駅への参道を往復歩く、今年はsarubiaの腰の痛みで行けないと思っていたが、幸い痛みがなく実行できた。
本年は一人で参拝と予定していたが前夜、二人で行くことになり無事に行って来られた。

祭日で車が少なく帰り道も高速を使わずに帰る。
帰り堺の方違神社に参拝、本殿建て替えで仮の臨時社に参拝する。
14:00過ぎ帰宅後ウオーキング16:00相撲観戦。
                   11,572歩

# by beyonyo | 2017-01-10 03:54 | 歴史散策 | Comments(0)
年末年始千葉の旅 ③

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           鼠小僧治郎吉の墓  両国回向院 16・12・28



 
鼠小僧治郎吉は寛政9年(1797)生まれの実在の盗賊であり、天保3年(1832)8月19日に浅草で処刑されている。

武家屋敷にのみ押し入り、盗んだ金は庶民に与えたことで、歌舞伎の当たり狂言の一つになった。

江戸時代、犯罪者には墓を作る事が禁止されていた、しかし歌舞伎や狂言での成功によって、祈願対象物としての墓の必要性が生じこの供養碑が作られた。

鼠小僧の墓石を欠き財布や袖に入れて置けば金回りが良くなる。あるいは持病が治るとも言われ、成就した人々の奉納した欠き石はは数年ごとに建て替えられ続け現在までに数百基にも及んでいるという。

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                    鼠小僧のお墓の前には塩地蔵がある

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お墓の前に御前立の石が置かれ、参拝者は石を欠いている。参考のため石を欠いて貰ってきた。

幼い頃、父が当時東京に月に何度も行ってここ回向院の鼠小僧の墓に立ち寄り、線香が絶えることないお参りの人だった話を聞かされた。
それ以来関心を持ち一度来てみたかった。

今日も線香が供えられ当時と変わらぬ情景に亡き父を偲ぶことが出来た。

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                      回向院

明暦三年(16579江戸大火(振袖火事)に依る死者十万八千余人を弔うために建立された。 

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回向院は、赤穂浪士が本懐をとげたあと、集合場所の予定だったが髪を振り乱し血まみれになった浪士を見て、かかわりになるのを恐れた僧が入山を拒否。
それで一行は主君の墓のある泉岳寺に向かったと言われている。

(吉良邸の場所から徒歩すぐの所に在り吉良の屋敷と繋がっていたらしい)

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             ここは国技館が境内にあったところを知った。

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                        境内にある力塚                     

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雨の一日で休養日にする。
 午後、初場所の相撲観戦。    1,111歩
               






         

# by beyonyo | 2017-01-09 06:15 | 歴史散策 | Comments(0)
年末年始の千葉の旅 ②


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                 吉良邸屋敷跡   両国 16,12,28

「忠臣蔵」・赤穂事件で有名な吉良義央の邸宅があったところで、赤穂浪士が討ち入りを決行した場所。

吉良邸は浅野内匠頭守による殿中刃傷事件の後の元禄14年(1701)吉良上野介義央が当地を拝領して建設された吉良家の上屋敷で、坪数2,550坪あった。
当地で赤穂浪士による仇討ち事件が起こり、その名所を惜しんだ地元の両国3丁目町会の有志が発起人となって、昭和9年本所松坂公園として残されている。
屋敷跡は当時の86分の一だそうです。


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                  吉良の首を洗ったと言われている井戸

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                吉良家の犠牲となった二十一士の家臣の碑
            小林平八郎、清水一学の名がある持参した線香をあげる。



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                          吉良氏の像

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          吉良が隠れていた納屋が在ったところ現在は郵便局になっている。

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                     吉良邸から郵便局方面

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長年にわたり当地を訪れて観たかった事が実現した、JR両国駅から徒歩10分の所に在った。
この日はsarubiaと錦糸町駅車中で分かれ一人で来たが、帰る日に再度sarubiaに案内することになった。



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 元禄時代に耽っていて、吉良邸跡から100m戻ったら国道14号線、現代の風景に戻り、足が地に着き先の散策に意欲が湧いてくる・・・・・




園芸、ポット植えの菊を整理、昼前息子一家が来て、太子町「蘭」に和食を食べに行くが予約を受けたのは洋風レストランで、同じ経営者で「蘭」は休業していた。
息子たちが帰ったあとsarubiaの眼鏡が不良になって買いに行く。
                  4,017歩

# by beyonyo | 2017-01-08 08:16 | 歴史散策 | Comments(0)