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beyonyoの旅日記

beyonyo.exblog.jp

出歩くのが大好きなbeyonyoの写真の記録

カテゴリ:古墳( 94 )

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               石のカトラ古墳  京都木津川市・奈良神功一丁目 18,4、18

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古墳時代終末期にあたる8世紀のはじめごろに築造された古墳。昭和56年(1979)の発掘調査で上段が直径約9.2mの円形、下段が1辺約13.6mの上円下方墳であることがわかった。石室は凝灰岩製の切石15枚を用いた横口式石槨。盗掘のため副葬品はわずかしか残されていなかったが、漆の破片が出土したことから、 漆塗りの棺が納められていたと考えられている。「カラト」の名は、石室が「唐櫃(からびつ)」に似ていることから付いたといわれる。被葬者は不明。昭和62年(1987)に復原整備され、平成8年(1996)に国の史跡に指定された。

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   住宅の中に森があるだけ案内の標識もなく現地に辿るまで付近を2時間探した。


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奈良県と京都府の県境に位置するカトラ古墳、奈良市神功一丁目5で調べ(奈良の本)ナビを設定して奈良市内から行くが、ナビはどうしても違う場所を案内3度別の場所から言っても現地に行くことが出来ない。
ガソリンスタンドで尋ねたらここは京都府まず神功5丁目を教えてもらい行くが現地には到着しない。

奈良の本に高の原駅から徒歩10分と記載されているのでイオンモールに駐車、イオンの警備さんに高の原駅前交番所を教えてもらい交番で尋ねると、ここから15分で行けますが坂道が続きますとの事。

それなら付近まで来ている事が確認できたので車で行くことにしたが、又、最初に通った所に来る、途方に暮れているときパトカーが止まっていたので尋ねるとカトラ古墳は行くのが大変難しいですから先導しますから後ついてきなさいと親切な若いお巡りさん、でも地図を描いてもらい行く事にして別れたが、やはり困難が始まったとき先ほどのパトが心配して跡からついてきて先導して戴きやっと現地到着できた。

なるほど現地に来ても古墳の森は見えるが駐車する事もできない、住宅街に入ってゆくことが出来た。
それにしても、本やPCで調べ番地までわかっている住所がナビで行けない謎が知りたい。132.png

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                         描いてもらった地図

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                          先導して戴いたパト

出先で迷うことは過去何度もあることだが、こんなな親切な若いお巡りさんの助けの神に出会え感謝感謝の思いで帰宅する。



園芸、のんこ菊の先に虫が来て10本ほど不要になったので家の中に入れる。
メダカの小ケースを掃除、小品盆栽棚に寒冷紗を張る。
S,Hさん来客。
             3,152歩







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by beyonyo | 2018-04-24 06:10 | 古墳 | Comments(0)
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                 谷首古墳  桜井市  18,1,21

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                          古墳正面

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              狭い開口だが中を覗くと素晴らしい巨岩に驚いた。



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巨大な玄室には凝灰岩の石棺のかけらが出土しているから石棺があったらしい。
7世紀の古代ロマンを十分感じることが出来た。
阿部字谷汲にあることから「谷汲古墳」とも呼ばれ、安倍文殊院の近くにあり中世期には墳丘が砦として利用された、現在は八幡神社が古墳の上に鎮座している。
このあたりを本拠地にした豪族阿部氏関係の墳墓と考えられる。

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              石室の天井岩がうまく収まっている昔の人の技に感心した。

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                         古墳の前より南東方面を望む




お墓参りに行く。
午後、イオンにプリンターインキを買いに歩く
                            5,606歩




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by beyonyo | 2018-02-22 07:27 | 古墳 | Comments(0)
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                        兜塚古墳  桜井市浅古  18,1,21

                   阿蘇ピンク石の石棺で知られる兜塚古墳

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                            前まで来ているが入口がない

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                                森が兜塚古墳 

                    周り一周したがどこからも入ることが出来ない                                                        

付近の人に尋ねたら現在は以前と違って入口が変わり行きにくいとわざわざ200mほど坂道を下って案内してくださった親切な方と出会いながら駄目だった。


ムサシホームセンターにコンパスカッターを買いに行く。
 午後、は植木棚が腐敗したので新しく作り直すため撤去し掃除をする。
年末から留守と冬眠が続き、外の作業をしていないため、近所の方と久しぶりの出会いが続いた。
                       3,572歩









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by beyonyo | 2018-02-10 08:25 | 古墳 | Comments(0)


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艸墓古墳  桜井市  17,11,21

別名カラト古墳、代表的な終末古墳

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住宅地の中にあり遠い位置から望む

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期待して来たが先日の大雨の時土砂崩れがありこのような姿で残念だった。

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古墳の周りにいくつか案内があるが何度来ても現地に行けない

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やっと見つけた入口も家の犬走りのような所を通って行く、幸いにも工事の方が昼食中だったので確認し入ることが出来た。

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以前行かれてブログされている方の写真をお借りしました。

この古墳の特徴は石室より大きい石棺があり中に入ってみることが出来るなど、古墳に興味をある人は一度は行きたい古墳です。
埋葬された人物や発掘されたものなど不明だが盗掘された穴など確認できるらしい。

4回の散策でやっと来ることが出来たが復元工事が出来上がればもう一度訪れてみたい。



園芸、盆栽の手入れ。
オオクワに買い物。
S、Iさん来客。
3,616歩







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by beyonyo | 2017-11-25 10:45 | 古墳 | Comments(0)
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菖蒲池古墳石室特別公開   橿原市 17,8,26

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小山田古墳の発掘説明会に行くと隣にある菖蒲山古墳石室の5年ぶりの公開中を知り参加する。

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                         石棺

蓋が屋根型になっているのは珍しく全国でも珍しい、この奥にも石棺があり二つ並んでいる。

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石室の上は建物があり昨年も立ち寄ったが扉が閉まっていた。

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                   菖蒲山古墳から二上山遠望



園芸、エビ草の花が終わり挿し芽をする。
葉花の森に買い物、国華園に立ち寄る。
          6,872歩













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by beyonyo | 2017-09-10 07:37 | 古墳 | Comments(0)

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キトラ古墳  明日香安部山 17,8,26

安部山の南斜面に34年前に発見された。

室内の色彩壁画、玄武発見とその後、青龍、白虎、天文図が確認され、又、朱雀と十二支像も確認され何度も古墳の周りを散策した。
当時、高松塚発見からキトラ古墳発見で明日香村通いが続いた。

被葬者はまだ決定出来ないが、天武天皇の皇子、「高市皇子」右大臣の「安部御主人(あべのみうし)百済から渡来した「百済王昌成」などが被葬者に挙げられている。


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古墳全景

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発見当時の状態 (資料館の写真引用)

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(資料館の写真引用)

鉄棒を突き刺し石室の蓋に当たりそれが発見の決め手となった。

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古墳正面より望む

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金剛山アップ

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古墳正面から南を望む安部山の集落

キトラ古墳壁画体験館「四神の館」が出来今月末から10月にかけ壁画の実物を公開される。



黒メダカの容器を変える。
園芸、サンフラワーの球根を植える。
S,Hさん来客。
      7,003歩



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by beyonyo | 2017-09-08 08:07 | 古墳 | Comments(0)


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県立明日香養護学校  川原  17,8,26

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産経新聞25日朝刊記事

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北調査区発掘では石室にかかわる遺構を検出できなかった。


平成26年度に実施した県立明日香養学校教室棟改築事業にともなう発掘調査で、飛鳥時代の大規模な掘り割りを検出しました(第5次調査)。
この成果を受け、小山田遺跡(古墳)の詳細を明らかにすることを目的に、国庫補助事業による範囲確認調査を継続しておこなわれてきました(第6~8次調査)。

今年度の第9次調査では、横穴式石室の規模と構造の確認を目的に、発掘調査をおこなわれた。

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羨道基底石抜き取り穴(南東から)全景

南調査区では、横穴式石室にかかわる遺構を検出された。
検出した遺構は、横穴式石室羨道(せんどう)の石材を抜き取った際の穴(基底石
抜き取り穴)と石材の据え付けた際の穴(基底石据え付け穴)、石室内の排水溝です。

羨道の規模全体の位置関係を踏まえると、南端の基底石抜き取り穴の位置が、横穴式石室の入り口である羨門にあたると判断できます。その場合検出した横穴式石室羨道の長さは、8、7m以上となる。


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西側南端の抜き取り穴では、石を割る際に彫られた矢穴がある石材1点を確認。
矢穴の規模と形状から、江戸時代後半頃のものとみられる。

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養護学校正門付近

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発掘現場より橘寺、石舞台方面を望む

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養護学校入り口付近から甘樫の丘を望む


この日の早朝は雨だったが説明会10:30には秋晴れの天気になり、ロマンを夢見て来てみて良かった。

小山田古墳の石室が、巨石を用いた大型横穴式石室であった可能性が高まり、又、横穴式石室羨門位置が明らかになった事は、今後の調査に期待できる夢が近づいた。





先日コーキングしたプランター5個のうち2個が水漏りするのでコンクリートする。
園芸、菊の盆栽の手入れ。
         6,347歩

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by beyonyo | 2017-08-29 04:41 | 古墳 | Comments(0)

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黒姫山古墳  堺市美原  17,4,21

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竪穴式石室復元

古墳の中に造られる石室は、死者を納めた棺を入れるために使用され、後円部に造られることが多い。
黒姫山古墳では、後円部以外に前方部にも石室が造られた。
前方部の石室は、前方部頂上とくびれ部との中間に主軸に沿って東西に長い長方形に造られ、扁平な河原石を平積みにし、8枚の砂岩製天井石でふさがれている。
そして、石室内いっぱいに24人分の甲冑や大量の鉄製武具、武器が収められ、棺を納めるためでなく副葬品を埋納するために造られたと考えられます。


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五世紀後半の古墳
石室の天井石、三枚の内の一枚(水路の橋に利用されていた。
付近にある廣田神社境内にあった。

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この古墳は古墳時代中期(5世紀中頃)に、美原地域で勢力を誇っていた丹比(たじひ)氏によって、築かれたともされていて、また、中世には砦として利用されていたことが発掘調査でわかっている。
付近には丹比の地名がある。

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古墳の横は高速阪和道美原インターとR309号線が交差し近年は大型店舗が次々と開店、一昔とは違う景色になっている。

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説明板を写す



園芸、菊の鉢の土の仕分け整理。
メダカ七種類で143個の卵を採取する。
芝さんが電機工事をしてくれ園芸作業場に40ワット2本の照明になった。
井上さん来客。
3,004歩







 








  


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by beyonyo | 2017-05-05 06:15 | 古墳 | Comments(0)
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    調子丸古墳
  斑鳩  17,2,13

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                      駒塚古墳より望む

駒塚古墳の南東100mほどのところにある小さい古墳。
聖徳太子の舎人、調子麻呂(つきのおみまろ)の墓とされている。
古墳から5mのところから土馬が出土している駒塚と近い関係もありロマンを感じるが、調子丸古墳は4~5世紀ごろの築造とされるが、使麻呂は7世紀後半まで在命であったらしい?




リホームの工事の基礎設定に時間がかかったが、午後芝さんが町会会計監査の書類を持って来て工事を手伝ってもらう。
井上さん来客。
              1,503歩 


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by beyonyo | 2017-03-07 06:46 | 古墳 | Comments(0)
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              中宮寺宮墓  斑鳩町  17,2,21

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中宮寺の開祖ともいわれる聖徳太子の御母后(用明天皇皇后)大阪府南河内郡太子町より分骨され奉られている。





園芸作業場リホーム作業、午後sarubia、MRI撮影後、鑑賞魚の電球をホームセンタームサシに買いに、コスモスで買い物をする。
               3,484歩




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by beyonyo | 2017-03-04 07:40 | 古墳 | Comments(0)